カテゴリー「混合性不安抑うつ障害」の29件の記事

■昨日の太田総理で「うつ病」「パニック障害」のことをやっていました(2)~心の病に対する誤解、偏見、友だちが去っていく……

前述の日記の続きです。


昨日の番組では、
やはり病気に対する誤解や偏見も見られました。
経験者の長嶋一茂さんの発言にさえ、
誤解されている部分があるとかんじました。


誤解や偏見をなくそう!
――それは決してわるいことではありません。

でも、そのために
傷ついたり、戦ってエネルギーを使ってしまうなら、
こう考えてみませんか?


 「わかってくれる人にだけわかってもらえれば十分だ」


わたしは、当初から、
自分がこういった病気に苦しんでいることを、
まわりのみなさんにオープンにしてきました。

それで引く人や離れていく人がいたとしたら、
ちょっとは悲しいけれど、
でもそれはそれでいいやって。


病気を前提とした上で、
お付き合いくださる方とだけ
お付き合いさせていただければいいかなって考えでここまできました。


でもね、そんなふうに生きてみると、
案外それで引く人や離れていく人なんていないものなんです。

ありがたいことに、わたしがそうでした。
本当に人に恵まれていると感謝の気持ちでいっぱいです。


自分固有の苦しみを
経験のない方や、ご家族などに患者さんがいらっしゃらない方に
おなじように理解してもらおうと押し付けるのは無理があるし、
傲慢ですらあるのではないかと思っています。

(とはいえ、ご家族やパートナーの理解は欠かせないもの。
いっしょに病院に行くなどして理解してもらうことだと思います。)


人に対する誠実さを忘れないこと。

病気のことをオープンにしてもお付き合いいただけるコツ(?)は、
その一言に尽きると思います。


わたしも、病気のことで手いっぱいになって、
また病気そのものの症状により、
誠実でありたいのにあれないときがありました。

それで一時期疎遠になった方もいますし、
本当に申し訳なく思っています。


でも、普段から誠実であろうと心がけていれば、
修復は可能なんです。


よく「病気のせいで友だちが減った」と悩んでいる方がいらっしゃいますが、
本当の友だちなら、あとからでも修復はできるはずです。

わたしも病状が落ち着いてから、
ご迷惑をおかけした方々には、心から深くお詫びをしました。
本当に申し訳なかったです。。
お許しくださったことに、どれだけ感謝の念を覚えたことでしょうか。


誠意を込めて修復を試みて、
それができないのなら、
それまでのご縁だったと割り切ってみると楽かもしれません。


わかってほしい・わかってくれない、
友だちが去っていく、
そういったことに悩んでいるのなら、
一意見として、お聞きいただければ幸いです。

【関連記事】。
■昨日の太田総理で「うつ病」「パニック障害」のことをやっていました(1)~克服できた者として

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■昨日の太田総理で「うつ病」「パニック障害」のことをやっていました(1)~克服できた者として

昨日の太田総理(番組)で、
長嶋一茂さん、千葉麗子さん、大場久美子さんら、
経験者を交えて、
「うつ病」「パニック障害」の話をやっていました。


見ていて泣きそうになった。。。
パニック障害、本当につらかったな、って。

乗り物に乗れない、
襲ってくる地獄のような恐怖、
死にたくなるほどの精神錯乱、
まさに文字どおりの地獄でした。


こうやって振り返られるのも、
おかげさまで、パニック障害を克服できたから。


C先生、K先生、O先生をはじめ、
支えてくれた家族、パートナー、たくさんの友人たち、仕事でお世話になっている方々、
本当に本当にまわりの大切なみなさまのおかげです。
ありがとうございます。

うつのほうも、おかげさまで、
いわゆる抑うつ症状といわれる気分の落ち込みはもうなくて、
ただちょっと身体がつかれやすいかなってくらい。
これは食生活などで整えていければと思っています。


克服できたいま、
わたしにできるのは、自分の体験談をおなじように苦しんでいる方々へ向けて
シェアすることだと思っています。


死のうとしたこともあった。
生きていてよかった。


いま苦しんでいる方は、
まさに生き地獄だと思います。
わたしもそうでしたから。

でも、生きてるだけでいいんですよ。

生きる苦しみは、
きっとあなたの糧になる。

大丈夫、かならず治るときがくるから。。


一駅電車に乗れた喜びを忘れずに、
今日も感謝を胸に生きていきたいと思います。

ありがとうございます。

【関連記事】
■昨日の太田総理で「うつ病」「パニック障害」のことをやっていました(2)~心の病に対する誤解、偏見、友だちが去っていく……

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■わたしがパニック障害を克服した漢方薬(保険適用)

おなじくこれも検索してくださる方が多いので。

わたしは、
ありがたいことにパニック障害を寛解したわけですが、

飲んで、パニック発作が減っていった漢方薬がこれ。

半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)
http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se52/se5200122.html

胸から上がってくる「気」を静める作用の漢方です。
しその漢方で風味がいいですよ♪

九州で入院中に、
のどがいがいがしてせきが止まらなくなるタイプの発作が出て、
そのときにたまたま先生が処方してくれたもの。

以来、ほかのタイプの発作(動悸、ジェットコースターを急降下するような感覚など)も
減っていきました。

漢方は保険適用の病院がありますし、
また普通の内科などでも、
お願いすれば保険適用で取り寄せてくれますよconfident

【関連記事】
漢方医(保険適用)はどうやって探せばいいの?

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■自分らしく生きられない人たち(2)~心の病気など弱いところを見せられない

M大学仲間のなおとさんが、
わたしのお見舞いにきてくれたあと、日記に

 「彼女と話していて、
  自分のプロフィールからADHDの文字を消した自分が恥ずかしくなった」

と書いてくれたんだけれども、


わたしは病気のことも、自分の(一般的に言うところの)弱さ、つらい経歴など、
すべてオープンにしています。

お仕事でお付き合いくださる取引先の方々、
友人・知人、彼や彼のご家族にも
包み隠さずカミングアウトしています。


でも、わたしもかつては「弱さを人に見せられない」人間でした。

「引かれる」「こんな自分を知られたら嫌われる」
そう思い込んでいたんです。


でも、21歳のころだったでしょうか。
ふっとなにかの糸が切れて、
自分ではじめてつくったWEBサイトに、
つらかった経験を書いてみたんです。

そして、友人たちに公開しました。


友人たちの反応は、わたしの予想を反するものでした。

「麻里のこと、なにも知らなかった」と泣いてくれる子。
「麻里の魅力が増した」「ますます好きになった」と言ってくれる子。

どんなに救われたことか……。


以来、わたしの対人スタイルは、
自分の弱さをオープンにするものとなりました。



もちろん、それを受け入れてくれる人ばかりではないでしょう。

でも、それならそれでいい、って思っています。

弱さは、わたしの大切な一部。
それで離れてしまう方とは、
いいお付き合いができるとは決して思わないのです。



ですから、
いまのわたしのまわりにいてくださる方々は、

すべて、わたしの事情を知った上でお付き合いしてくださっている方ばかり。
本当にありがたいことです。

そして、そうすると、
実はいい人脈が構築できてしまうことに気付きました。


知った上で、受け入れて、お付き合いしてくださる方だと、
わたしも無理をしなくて済むんです。

人間関係のストレスとは無縁になりました。


ある意味、人脈のフィルタリングができてると思うんですね。
いい関係を築ける方たちだけが、集まってくださる。

そして、その数は、決してすくなくはないんです。


先日、うつ病で入院したときも、そのまえの療養生活に入ったときも、
取引先のみなさまには、正直に事情をお伝えしました。

「つらくなったら、いつでも電話してくださいね。
 話聞きますよ」
そんなことまで言ってくださる取引先の方もいらっしゃいました。

本当に泣けそうなくらいありがたかった。


でも、こんな関係も、
わたしが弱さをさらけ出すことを恐れて隠蔽していたら、
築けなかったことなんですよね。



ただし、たださらけ出すだけではなく、
それをもってしてもお付き合いいただけるだけの
誠実で誠意あるお付き合いを心がけています。



おなじような病気に苦しむ方、
おなじような体験をしてきた方の多くが、
「話せる人は限られてる」
「本当の自分を見せられない」
と言います。

わかります。事実、わたしもそうだったんですから。

でも、もしかすると――
勇気を出して打ち明けたら。
そんなあなたをやさしく包み込んでくれる人が、
案外そばにいるかもしれませんよ^^


【関連記事】
■自分らしく生きられない人たち(1)~好きな仕事、やりたい仕事ができない
■【追記1】自分らしく生きられない人たち(1)~好きな仕事、やりたい仕事ができない
■【追記2】自分らしく生きられない人たち(1)~好きな仕事、やりたい仕事ができない

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■減薬に入りました

今日は退院後2回目の診察日でした。

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hospitalのそばではつつじがきれいに咲いていました。
ふと気付くと、わたしのバッグのなかに花弁がひとひら。
なんとまぁ風流な。


で、診察結果。

つかれやすさが若干よくなっていること、
経過が良好で、仕事や家事、勉強も、ペースを保ちつつこなせていること、


落ち着かなくて、とっくのむかしにやめていたたばこをばかばか吸っちゃうとか、
手足がふるえるとかの副作用らしきが見え隠れしていたのとで、

入院中から「次はこれを切ろう」と言っていた
アモキサンを減薬へ。


いまの処方はこんなかんじ。
-------
○朝
 アモキサン25mg×2
 エビリファイ6mg×2

○昼
 セロクエル25mg×1

○夕
 ジェイゾロフト50mg×2
 メイラックス1mg×1
 アモキサン25mg×2

○就寝前
 レンドルミン0.25mg×1
 サイレース1mg×1
 デジレル25mg×4
-------
これに副作用の便秘のための酸化マグネシウムとプルセニド、
アレルギーのためのアレロックを飲んでます。
昼に入っていたアモキサン25mg×2がカットになりました。


ていうか、聞いてください!

退院後に「太った、太った」と言って、
パンツを一本買っていたのですが、
今日はいてみたらがばがばだったんです!!

骨盤をシメていた効果があったみたいです☆

太ったんじゃなくて、
骨盤が開いて、
おなかのインナーマッスルがゆるんでいたんですね。


帰りにケータイ機種変mobilephoneしてきました。
また載せますね。


そんなわけで、
「家事は無理しないでね」との注意がありましたが、
おかげさまで経過は良好です!

特にパニック障害は寛解ですね。
今朝もラッシュの電車trainに乗りましたが、
なんともありませんでした♪

みなさん、ありがとうございます!happy01

【関連記事】
■骨盤シメてます。

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■入院中に趣味が増えたわけで……アンダリア作品集

入院中にひまをもてあましてやっていた
アンダリアの作品を紹介します。

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↑これは、彼のご両親と弟さんご夫婦に、
プレゼントしようと思ってつくった
ティッシュケースとペアコースター。
やはりリボンがうまく結べないw

お父さま、お母さま、Kさん、Aさん、
今度遊びにうかがったときにお持ちしますねー♪
楽しみにお待ちくださいheart02happy01

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↑手前が自分用につくったペンケース。
奥がコースターの柄モノシリーズ。

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↑コースター、モチーフシリーズ。

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↑コースター、アニマルシリーズ。


一見、ビーズのように見えるかもしれないけれど、
アンダリアって、
ネットにきらきらの糸(メタリックヤーン)を通して
模様を編んでいくんですnote

入院中、こんなことばかりやっておりました。。。smile


とはいえ、実はこれも治療の一環。
作業療法といって、軽作業を通して回復を目指していくもの。

大川内、見事にハマッちゃいましたlovelywink
大川内、こう見えても、意外と手先が器用なんだよsmile

キャラズレしてるから、完璧ネタにしてるけど、
中学のころは家庭科部だったからな。。(笑)bleah


アンダリア、
見た目よりぜんぜんかんたんで、
きれいなモノができるし楽しいんで、
みなさんもぜひいかがですかー?wink


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主治医不在

ここ3ヶ月ほど病気に関するエントリーを書いていなかったな。。

というのも! 特筆すべき事柄がなかったからなわけで!!

ってまぁこれ調子がすこぶるよくて書くことないよ、的なことならうれしいですが、
んーちょっと事情が違いまして。

いまね、わたし「主治医がいない」状態なんです。


というのも、わたしの主治医のC先生、
3月末まででが九大病院の心療内科をやめられ、
関東のとある病院の漢方内科に転勤されたんですね。

で、そちらで外来をもてるまでに時間がかかるから、
それまでつなぎで九大の別の先生に診てもらっておいて、
外来に出られるようになったら
九大から紹介状書いてもらっておいでなさいな、とのことで。


そんな宙ぶらりんこの状態なわけですが、
でもそれも「7月には」という話だったので、
3ヶ月の辛抱だ、と。

九大にそのあいだつなぎでわざわざ通う飛行機代もイタイながらも、
その九大の別の先生にはそれまでどおりの薬を出すだけで、
実質的な治療ってしてもらっていない状態で。

合わなくなっている薬とかあるんですけれど、
月一とかじゃその調整もできないよ、なんつって言われる始末で


でもでも
「7月になったら、主治医のC先生にお会いできる、診ていただける」
っていうのを支えにがんばってきた、
みたいなところがあるわけですよ、この3ヶ月の大川内としましては。


それがね、いま福岡にいるんだけれど、
今週行った九大でね、言われちゃった。

 ・C先生が外来をもてるかどうか、まったく見えない
 ・ていうか漢方内科で受け入れてもらえるの大川内さん?
 ・九大から紹介するのもなしね、自分で直接電話して行って

正直、脱力したね。
お金と時間をかけて(正直きついよ)福岡くんだりまで行ってそれかいな、と。

ていうか、
その宣告をしてきた先生、あんた心療内科医としてどーなんだ。
あきらかーに患者を不安に陥れるような言い草だよね。
わたしは一歩引いて聞いていたからいいけどさ、
これ状態わるかったら、けっこーうつ入ってたかもよ。


そんなわけで、
治療が暗礁に乗り上げました!!
しかも自分の範疇外のどーしよーもないことで。

さぁてどーしようか。


まぁなんとかするよ、打つ手がないわけじゃない。


でもそのまえにちょっとだけ愚痴らして、弱音吐かせて。
正直しんどいっすわ、主治医不在て。


なんかね、いまあるストレスみたいなものも、

相手に伝えたり、吐き出したりっていう練習はしていっていて、
前よりはずいぶん言えるようになってきたかなって思うんだけれども、

それでも「C先生ぶん」みたいなのをとっていたというか^^;
もうこのぶんっていうかここの本音は
C先生しか本質的な理解はしてもらえないって思っているところがあって、
でもつまりはC先生にお会いして話したらきっと解決するから
それまでの辛抱だって耐えてきたことがあってだね、

それがお先真っ暗、な状況なわけよ。

ああああああああああああああああああああああ

まぁそのぶん、相手に伝えたり、ほかで発散したりっていうほうの
ウエイトを大きくすればいいだけの話。
……なんだけれど、そう簡単な話でもないわけで。
まぁさ、やるけどさ、、その方向でさ。。。。。。。。

でも、でも、あーーーーーん! もぅ!!


わたしらしくないエントリーだね、許して。

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★テレビ出演します! 「DV加害女性の心理」について★

テレビtvの取材を受けました。
「DV加害女性の心理」について
みっちりお話させていただきました(3時間ロケsweat01)。

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どんなふうに編集してくださるか、
どれくらい使われるかはわかりませんが、
語れることは語らせていただいたかな。

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今回、大川内はDVの加害経験被害経験もあり、
DVについて研究を重ねている女性として出ています。

加害経験があることはすでにカミングアウト済みですが、
あらためてテレビという媒体で語ることで
ご批判を受ける部分もあるであろうことは覚悟の上です。

それでも伝えなければならない
――そんな社会的使命感がこの胸にあるから。

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放送日時は以下のとおりです。お見逃しなく!(笑)
 6月6日(金)24:40~ TBS「R30」
 オーバー30のための“人生情報バラエティ=LIFEエンターテイメント”番組です

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【関連記事】わたしの基本的なDV観はこちらをご参照ください。
「逆DV」
ドメスティック・バイオレンス(DV)の被害者は女性だけではない。
新婚夫婦に潜むDV ~携帯わいせつ画像で口論、新婚の妻絞殺容疑の夫逮捕
「デートDV」とは &DV被害者・加害者に経験者のわたしが勧める解決のヒント
セックスレスというDV(1)――セックスレスの心理学(2)
セックスレスというDV(2)――セックスレスの心理学(3)

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オツカレサマ、C先生。~「なりたい自分」と現状とのギャップに焦りをかんじるときには

このひとと出会って、人生が変わった。
救われた。

――そんな出会いを経験したことがあるだろうか?

わたしにとって、そんなひとのひとりがC先生。
ここ2年弱の療養生活を伴走してくださった、九州は福岡のK大学付属病院・心療内科での主治医です。

先週、C先生のK大学病院での最後の診察を受けてきました。
(@朝イチ飛行機→一泊→最終飛行機でとんぼ返り、なかなかどーしてちょいキツでした^^;)


というのは、C先生、4月から関東のある病院に転勤されるんですね。

C先生は漢方を取り入れた心身医療で有名なのですが、
漢方道をより極めるため(?)の転勤のようです。

わたしは幸い、そちらの病院で、引き続き、C先生にお世話になることになっていますが、
しかしたいていの患者さんはそうはいきませんよね。

この1~2週間は、患者さんがたが不安を起こして、
「最後にもう一回だけ診てくださいぃ。。」とか
C先生も大変だったようです。


そりゃそうだよなぁ……
わたしも日本国内ならどこででもC先生についていきますが、
たとえば「漢方を学びに、ボク GO TO チャイナ!」なーんて言われた日には、、、

……などと想像してみてぞっとしながら、
昨年夏、入院中のC先生との会話を思い出す。



カウンセリングルーム。
涙をこらえた目。頭を抱えるわたし。

そのとき、わたしは「C先生がいなくなってしまうのではないか」という不安にとりつかれていた。

「どこにもいかんといて」――口には出さずとも、心のなかでそう叫んでいた。


そんなわたしに、C先生は「これはいますぐやなくて、いつかきたるべき将来の話ね」と前置きしながら、
やさしくこう説いてくださった。

 「いまの大川内さんは、
 言うたら、自転車の補助輪をはずしてこぐ練習をしよる状態。

 それを僕が伴走ながら支えよる。

 でもそのうち、大川内さんは僕の支えの手をすこしずつ離れて、
 ひとりで自転車をこげるようになる。

 僕が補助せんでも大丈夫なようになる。

 そんなふうにして、僕と大川内さんの関係性も変わってくる」


C先生にお世話になって、2年近く。

振り返れば、わたし自身、ずいぶん変わった(よくなった)し、
おっしゃったように、C先生との関係性もずいぶん変わった。

2006年5月、

生きながらにして地獄の苦しみ(と表現しても決して過言ではない)を味わい、
まともに歩くこと、起き上がることすらままならない状態で
はじめて来院した患者は、

いまでは編集者として医師に本を書かせようとまでしている。(笑)

C先生サイドでも、わたしをネタに論文を2本もお書きになられたほど
ディープな治療関係。(笑)


わたしはC先生と出会って、ずいぶん変わることができたし、
そして、これからも変わっていく。

自分が変化するときというのは、
地殻変動みたいなもので、

内側では大きな劇的変動が起きていても、

表面に現れるのは
すこしずつ、すこしずつの動きなのだと思う。

そうしながら、
確実に前向きに、よりよくなっていく。



仕事のことなどで「もっとよくなりたい!」と
あまりにも強く願うがあまり、
現状の自分とのギャップに焦燥をかんじているひとを
よく見るけれど、

そんな願うほど
ものすごく大きく飛躍なんてしなくていいんだ、と思う。

逆に言えば、
そういった劇的な成長や飛躍、向上というのは、

往々にして、
所詮は付け焼刃にしかすぎないもので、

かえって危険ですらあると、わたしは思う。

向上=変化の勾配が急なほど、
墜落=変化の勾配も急である危険性があるのではないか、と。

ゆるやかな勾配ならば、
踏ん張ればなんとかなるところを、
あまりにも急激な負の引力には
抗うことも困難なのではないだろうか。

(かといって、
「よくなりたい」と願うことがよくないと言っているわけではない。

わたしだって
上昇志向の塊が服着て歩いているようなものだ。(笑))


だから、
いま「なりたい自分」になれていなくたって、
ぜんっぜん焦ることなんてない。

どんなに理想の自己像から程遠くたって、
内面の向上を大切にしていれば、
そしてあきらめずに続けていれば、

すこしずつ、すこしずつ
表面にも変化が現れてきて、

ふと気付けば、
「なりたい自分」に近づくことができているはず。

それでいいじゃない?
十分じゃん。

上昇志向の塊が服着て歩いているような不肖大川内麻里、
急激にのぼりつめて、
強烈に叩き落されたりもしたよ。

だから、そう言えるの。
自分に言い聞かせながら言ってるの。(笑)



でもそれだけ人生に真剣になれるって素晴らしいこと。

人生に真剣に取り組んだひとには、
きっとそのぶん素敵な将来があるはず。

でも人生に“深刻”になることはない。


最後に、2005年5月のわたしの日記「SOSを出す」を再掲します。
どん底のわたし。
でも「これがどん底か」と思ったら、もっともっとどん底があって、
ていうか底なし沼にハマった感覚だったな、いま振り返ると。
【再掲】SOSを出す

#さらに最後にやじ組のみなさんへ
 むかしの日記を探しにPC内のテキストファイルをあさっていたら、
 こんな日記が出てきて↓
 「へぇーわたしこんなこと書いてたんだー」ってびっくりするととともに、
 思わず顔がほころんでしまいました。^^

 やじ組の存在を知るずいぶんまえですよ。
 お笑いライブに行くという発想がまだなかったころ。
 2006年5月の日記ですな。

--------
本日我弟祝生誕弐拾四年

 タイトルは、先日、ひっさびさに、南野やじさんをエンタで見られた興奮が冷めやらぬ次第です。私事で恐縮です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E9%87%8E%E3%82%84%E3%81%98
 さて、さらに私事ですが、今日は、わたしの弟の誕生日。
 24歳になった彼は、おそらく(母から伝え聞いた話から推測するに)、いま不安と焦りのなかにいる。(以下略)

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【再掲】SOSを出す

※いっこあとの日記「オツカレサマ、C先生。~「なりたい自分」と現状とのギャップに焦りをかんじるときには」にリンクして、
およそ3年まえ、2005年5月の日記を再掲載します。

----------------
SOSを出すと、泣くのである。
それは自分の異常性と限界を認める、そして向き合うということだから。
おそらく、わたしはそれを一番恐れているのだと思う。

今夜、実家の母がきて、明日、わたしは郷里の福岡に連れ帰られる。
帰省するのに、わざわざ母にきてもらうのは、わたしが典型的な引きこもりの状態にあって、ひとりでは外出すら困難であるからだ。
ネット上にだけ、イキのいい、いつも以上に毒舌口撃を展開するわたしがいる。
3つのブログは、それぞれ内容も文体も異なるが、それらを総合して、いまのわたしという人格を形成していると思っている。

医者には、すべての仕事をキャンセルして、入院治療することをすすめられている。
T京医大へ紹介状まで書いてもらった。
でも行けない。行けないんだよ。行けないから困っているんだ。

SOSを出したのは、たかさんやたまりさん、シュガー・ドラゴン兄貴やダイスケさん、そして唯一人間関係を構築できている元彼のY。
たかさんらはミクシィにいる方々なので、どんなSOSを出したかは、詳述を避ける。

Yに出したのは「やばいぜベイビー」というタイトルのメール。
本文「このままじゃ、まじもんの引きこもりだよハニー!」。
添付したのは、ベッドのなかで撮った自分の目の写真。
Yなら、この写真を見れば、一見して状況がわかるはずだと思って撮った写真だ。

電話がかかってきた。出なかった。折り返しもしなかった。
正確に言うと、出られなかった、折り返せなかったというのが正しいだろう。

メールが入る。「大丈夫か?」
返信しようとする。手の震えが止まらない。
「治ったふり、正常なふりには限界があったね」と綴ろうとして、泣き崩れる。
メールは送信できない。


パートナーの○○。さんざん迷惑をかけた。
○○が仕事に追われているというのに、何度もパニックを起こした。裸足のまま、家を飛び出し、線路に転がって、警察に保護される。首を切り裂くナイフを取り上げる○○。
○○はよく耐えてくれた。頑張ってくれた。しかし、このままじゃ共倒れになっちまう。

深夜、静かな部屋で、走り書きをする。
記録するのは、自分に記憶障害があることを知っているからだ。
「考えが変わらないうちに、ここに書いておきます。クスリなんて飲んでいると、自分が正常だと思い込んでしまうのかもしれない。わたしは病気です。こうしてあなたの寝顔を見ていると、いまはその異常性がよくわかる。帰省します。」
○○は安堵しただろうか。

たかさんや○○に依存的に電話をかけまくっていたころがある。
いまどこでどうしているのかわからない当時の彼氏は、こう叫んだ。
「君は甘えていたけど、彼らは君の理解者ですか?」

彼は、わたしが仕事でお世話になっている男性に電話しているらしいことは知っていた。
しかし、それ以上のことは、彼には知りえなかった。
彼も実態のわからないものへの恐怖に襲われていたのだろう。いまならわかる。


いい子でいなければ愛してもらえない恐怖に、わたしはまだとらわれているのだろうか。

生まれてきて、ごめんなさい。

----------------

※※およそ3年まえ、2005年5月の日記の再掲載です。
いま現在のわたしの日記ではないので、びびらないよーに。(笑)※※

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