カテゴリー「社会」の7件の記事

悪役になってでも伝えたかったこと~TBS「R30」“逆DV”特集・元加害女性として出演して

TBS「R30」“逆DV”特集に
元加害女性(といっても一方的な加害経験というのはないのだけれど)として出演して。

今回の出演を通して、
わたしが伝えたかったこと、訴えたかったことは、
以下のとおり。


DV=男性(加害者)→女性(被害者)という
 一方的な図式、社会的思い込みへの問題提起

・上記図式があるがゆえ、
 また男性は強くあるべきという「あるべき像」に縛られ、
 男性の被害者は声をあげにくい現状

・それが事態をより深刻にしていること

DVは身体的暴力だけに限らないということ



これらを訴求するにあたって、
「大川内麻里」の生身の肉声、


ひとりの名前も顔も人格もある人間が
年端もいかぬうちに性犯罪の被害に遭い、

その後、
“男性と正常な関係を結べない”自分と葛藤、格闘し、


そして、
ついには
そんな自分を変えることができた

幸せになることを自分に許すことができた、


という一連の人生を描いていただく必要性があったのです。


テレビ向けの極端な描き方というのはもちろんありましたが、
事実であり真実です。


今回、出演に踏み切ったのは、
番組趣旨に賛同してこそのことで、
だからあそこまで話せたわけで、
後悔はありません。

担当ディレクターのRさん、Mさん、
その熱意に打たれました。
Rさん、Mさん、本当にいいご機会をいただきました。
ありがとうございました。


自分が表現者として活動していくにあたって、
見られたくない人、聞かれたくない人、読まれたくない人にも
見られる、聞かれる、読まれる、
誤解されたくない人にも誤解されうる、


それでも伝えなければならない。


そんなふうにしてまで自分を突き動かす
社会的使命
とはなにか
、を
あらためて考えさせられました。



わたしのやる・やらないのラインは明確。たったひとつ。

 娘に恥じることはしない。

今回だって、
娘に恥じることをしたとは
一切思っていません。


【関連記事】わたしの基本的なDV観はこちらをご参照ください。
「逆DV」
ドメスティック・バイオレンス(DV)の被害者は女性だけではない。
新婚夫婦に潜むDV ~携帯わいせつ画像で口論、新婚の妻絞殺容疑の夫逮捕
「デートDV」とは &DV被害者・加害者に経験者のわたしが勧める解決のヒント
セックスレスというDV(1)――セックスレスの心理学(2)
セックスレスというDV(2)――セックスレスの心理学(3)
★テレビ出演します! 「DV加害女性の心理」について★

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

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★テレビ出演します! 「DV加害女性の心理」について★

テレビtvの取材を受けました。
「DV加害女性の心理」について
みっちりお話させていただきました(3時間ロケsweat01)。

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どんなふうに編集してくださるか、
どれくらい使われるかはわかりませんが、
語れることは語らせていただいたかな。

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今回、大川内はDVの加害経験被害経験もあり、
DVについて研究を重ねている女性として出ています。

加害経験があることはすでにカミングアウト済みですが、
あらためてテレビという媒体で語ることで
ご批判を受ける部分もあるであろうことは覚悟の上です。

それでも伝えなければならない
――そんな社会的使命感がこの胸にあるから。

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放送日時は以下のとおりです。お見逃しなく!(笑)
 6月6日(金)24:40~ TBS「R30」
 オーバー30のための“人生情報バラエティ=LIFEエンターテイメント”番組です

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【関連記事】わたしの基本的なDV観はこちらをご参照ください。
「逆DV」
ドメスティック・バイオレンス(DV)の被害者は女性だけではない。
新婚夫婦に潜むDV ~携帯わいせつ画像で口論、新婚の妻絞殺容疑の夫逮捕
「デートDV」とは &DV被害者・加害者に経験者のわたしが勧める解決のヒント
セックスレスというDV(1)――セックスレスの心理学(2)
セックスレスというDV(2)――セックスレスの心理学(3)

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

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きょうだいのたんじょうび

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 25歳。

 わたしは決していい姉ではなかったと思う。

 先日、祖母と母の口論のなかで、ショッキングなことを知った。
「中学生のとき、かばんのなかに***を忍ばせているのを見たことがあるのだ」――と。

 彼は加害者になるかもしれなかった。なってもおかしくはなかった。
 でもならなかった。
 彼は被害者だった。



 立派だよ。あんたは立派だ。
 よくがんばった。



 だから、祖母にも母にも父にも言う。家族、親族みんなに。
「わたしは、あの子が、いまの子みたいにいじめを苦に自殺することなく、それから逃げて、学校に行かなくたって、それでも生きていてくれてよかったと思うよ。
 逃げてでも、生きていてくれてよかった」
「かわいそうやら言うなって! かわいそう言うたら、ホンマにかわいそうな子になるやろうが!」
「あの子はあの子で考えがあるんやって」
「わたしだって、あの子の年くらいのころには半年も働かんでおったときがあったん!
 みんな知らんだけでねぇ、無職やったんよわたし!
 東京におったけん、知らんだけでね、わたしだってリクルートやめて宝島に入るまで、半年は外にもできらんでおったん!
 遠くにおったから、知られんで済んだだけや。知られんで放っておかれとったからよかったんや。
 それでもなんとかなるんやから」

 でも、知ってる。
 みんな、あの子のことを心から想っている気持ちはおなじ。
 想うがあまり……なんだよね。


 いつも尊敬してやまない父。
 だけれど、父夫婦(母じゃなくて)には「あんたら、サイテーだ」と言いたくなる。
 のことに関しては。


 父には“父親としての厳しさ”をもってほしい。
 母には“経営とはなにか”を学んでほしい。

 そのために、わたしはあっちでこう言い、こっちでこう言いする。

「ごめんね」って心のなかで謝りながら。
 自分の犯してしまった罪を、あの子にかけてしまった負担を、詫びながら。



 たったひとりのきょうだい、
 あんたは立派だよ。

 だいじょうぶ、あんたならできるから。

 生きとってくれて、ありがとな。

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家族のあり方~みきファミリーに思う

 

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 胸がつぶれそう、とか、心が引き裂かれるようだ、とかって、こーいうことを言うのではないだろうか。
……というような出来事が、実はあったんだけれど(みきファミとはかんけーなく、わたしの個人的なことです)子どもたちの笑顔がイチバンのクスリになりました!

 みきカレ&みきみき&ダイちゃん&ソウくん。
 4人を見ていると、ふつーにあたたかい家族の風景ってかんじだなって思った。見ていて、幸せをかんじました^^ 幸せが伝染して、わたしも幸せな気持ちになれたよ♪ ありがと!

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 みきファミリーのあり方ってさ、詳しくは書かないけれど、一般的な社会通念に照らし合わせると、まぁたしかにイレギュラーではあると思うの。

 眉をひそめる人、批判する人もいるだろうとは思う。それは悲しいけれど事実。仕方ない。そういう人たちがいるという事実はね。
 またイレギュラーであることによって、たくさんの困難もあると思う。



 でも、わたしは思うんだ。
「いいじゃん、これが“彼女たちの「家族のあり方」”なんだから」って。



「標準モデル家庭」なんてものはMUSTではないし、それがほかの家族のあり方に勝って優れているというわけでもない優劣を比べること自体、ナンセンスだ。
「標準モデル家庭」など、「フツウ」という概念が悪なのだ、とすら、わたしは思っている。
「フツウ」が「フツウじゃない」を生み出し「フツウ」の存在によってつくられた「フツウじゃない」は、疎外される。偏見を抱かれる。


 少子化問題、こうのとりのゆりかご(俗称:赤ちゃんポスト)問題、代理出産問題、離婚後300日規定問題、いじめ問題などなど、「家族」「子ども」を取り巻く問題が山積している、いまの日本

 さまざまな側面からの検討が必要で、簡単に語ることができないのは重々承知している。
 そのあたりの考察は、わたしの別のブログ「SEX-Therapy【セックスセラピー】」「フリーターから起業した女性経営者の“心豊かに生きる”ブログ」などで語っているので、そちらで。


 ただね、実際の生活者にとっては、もしかすると、現場を離れた遠いところで行われている小難しい分析、議論や、実生活のなかで実感しにくい立法なんかよりもね、案外、シンプルなメッセージのほうが響くんじゃないかなって思うの。
 シンプルでありながら本質を突いたメッセージ
 物事の本質というのは、往々にしてシンプルなことだったりする。




「みんな違って みんないい」
という言葉を残したのは、詩人の金子みすず


 杉並区の小学校に任期付き教員として赴任することとなった乙武洋匡さんは、「みんな違っていいんだ、ということを伝えていきたい」おっしゃられた



――こういうことでしょ?

 

 家族のあり方は、それぞれ。
 100の家族がいたら、100とおりの家族のあり方がある、それがあたりまえじゃないの?


 もちろん、社会のバランスのなかで生きていく上で、なんだってアリではないことくらいわかってる。
 やっていいこととやってはいけないことの分別くらいついている。
 最低限の良識は踏まえた上でだよ、もちろんね。



 ねぇ、この笑顔見たらわかるでしょ? こんなに幸せな笑顔でいるんだよ? みんなが。いーっつも笑ってるんだよ? いーっぱい笑ってるんだよ?

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 子どもたちの無邪気な笑顔、みきとカレの穏やかな笑顔。
 こんなに幸せそーな家族の風景を見てさ、だれが批判できるの? だれにあぁだこうだ言う権利があるって言うの?




 わたしは、この二人、応援していくよ。
 これからも、ずっと。

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 つないだこの手を離さないで、ね。ずっとだよ。^^


    ――みきみき&ショウジロさん&ダイちゃん&ソウくんへ



【関連記事】
みきファミリー接待(1)マリンワールド海の中道
みきファミリー接待(2)イルカショー、ヘソを出す

すっごくいい時間をすごさせてもらいました♪ ホントにありがと~~~!

■1番上の写真:とっくに中2の息子くんに身長を追い抜かれてしまっているわけですが、
「ダイちゃん、ガッコウでも大きいほう?」「いや、ちっちゃいほうっすよ」
……にはヘコンダ(笑)
身長が追い抜かれているのはよしとしよう。
しかし、「ダイちゃん、ガッコウでも大きいほうだからしょーがないよね♪」って、わたしが自分へ言い訳をするための余地がほしかった
orz そこに一縷の望みをかけていたのである(笑)

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こんなわたしでも、ちょっとはイイコトしたかも♪な気分

 帰郷させていただいたら帰郷させていただいたで、静養に入らせていただいたら静養に入らせていただいたで、それなりのストレスがいろいろとある。……わけですが(「贅沢言うな!」と叱られそうですね……前言撤回!)、そんなストレスからも、徐々に解放されつつある今日このごろ。

 みなさん、いかがおすごしですか?

 さて、先日『本日我弟祝生誕弐拾四年』で書きましたように、わたしの愚弟が24歳の誕生日を迎えました。彼は、熟年離婚した母と二人で暮らしています。で、お書きいたしましたように、誕生日に、ちと含みのあるメールを送っておきました

 母の談によれば、その日を境に、母への弟の態度が一変、まるで別人のように180度変わったのだそうです。それを聞いて、

  ちょっとはイイコトしたかも♪な気分

になっちゃってしまいました大川内です。

 我が弟は、メールの返信は、チャットかよ! ってくらいに、いつもソッコーで返してくるのですが、その日は、約半日後の返信。彼にしては遅い方です。
 母の話によると、寝室にこもって、ひとりでなにかずーっと考え込んでいたそうです。

 半日考えた末に返ってきたメールは、「オマエ、ホントにかわいいなぁ、ウチの弟ってなんでこんなにカワイイんやろ?」ってくらい、なんつーの? あのデコメールっつーの? あれで、かわいらしーいGIFアニ付きの他愛もないメールでしたが(笑)。
 でも、彼が考えに考えた末、送ってきたメールだとはかんじました。

 はふー。

 いま、このブログ、見てくれているひとって、おんのかな? ミクシィからは、直リンクは外したしな。いま、『大川内 麻里の“人生がより心豊かになる”コトバ 1日1文』の方をリンクさせています。もっとも、プロフィールページに、『こんなブログもやってます』みたいなのも貼っているけれど、なかなか読もうって意欲の沸くものでもなかろう(笑)し、我ながら。

 それはさておき、これから、ここでは、わたしの療養の日々と、それに絡めて、ずーっと書きたかった医療や保険などへの問題点を中心に書いていきたいと思っていまーす。ブログのタイトルも変えるかな……?(検討中・いい案あったら頂戴! ぷりーず。って、だから、だれも見てないでしょってば^^;笑)

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深刻なカウンセラー不足

わたしが重度「パニック障害」「鬱病(パニック障害による二次性の鬱病も含む)」をわずらっていて、パニック障害研究・治療の最先端といわれる赤坂クリニックに通っていることは、このブログに何度も書いているとおり。

中学一年から不登校の兆候が出始め(それにはれっきとした理由があるのだが)、母から病院をたらいまわしにされた後に、かろうじてつけられた病名が「自律神経失調症」免罪符みたいなものだ。

高校受験では、私立高校なら出席日数をごまかせるが、公立高校では無理。
学校にあまりこないが、成績だけは学年1位だったわたしは、出席日数をごまかしてもらって、ある有名私立女子校の特別進学クラスに入学する。

高校一年の冬に不登校は本格化。それとともに、拒食嘔吐不安発作健忘などが悪化、ギブアップしたわたしは「神経症」というネームカードのような病名をつけられて、九州大学医学部付属病院にたたきこまれる

不要な投薬により、「急性薬剤性肝炎」を起こし、危うく死ぬところをまぬがれるも、入院は長期化。

退院後、誰にも気付かれないうちに、助けられてしまわないうちにと、祖母宅で深夜に両手のひらいっぱいの睡眠薬で自殺を図り、生死のあいだをさまようも、神はまだわたしを地に残した

その後、自力で強引に薬物を絶つ病気の症状自体よりも、薬物の身体的依存(=薬の血中濃度が下がることによって出るフラッシュバックや薬がないと眠れないことなど)を断ち切ることの方がつらかった。薬物への精神的な依存はなかった。やめたい一心だった。

高校を中途退学し、大検を受けて進学したのは、日本で唯一の短大の心理学科
精神医学の講義なども、もちろん受講。高校生のころの自分の体験と照らし合わせても、やはり精神医療と心理カウンセリングの連携が、もっとなされるべきだとかんじていた。両者のあいだには、対立構造すらあった。

その後、23歳の離婚前後会社をやめる前後などにも、精神症状はあったのだが、半ば意地を張って&「急性薬剤性肝炎」の体験や高校生のころの自分の治療経験から、「精神科なんて信用できない。投薬治療だけでは意味がない」と断固として病院を頼ることはなかった

   ふーーー。

これまでが、まえおきです(笑)
で、本題。

昨日赤坂クリニックカウンセリングを受けたい旨を医師に伝えたのですよ。
そしたら、「三ヶ月~半年待ち」との返事。それでも一応リストに入れておいてくれるよう頼んだが、まぁ~そんなに半年先の予約までいっぱいになるほどの状況なのに、なんの対処もないのかね?

一応、別のところも紹介先として教えてくれたが、そちらも同様に予約でいっぱいらしい……ダメジャン。

こういう医療施設と連携している心理カウンセラーというのは、日本最大の学会が認定している臨床心理士の資格取得者がカウンセリングにあたっているのだろうが、心理カウンセラーには、いわゆる国家資格のようなものがない

なので、たとえば、わたしが勝手に今日から「大川内心理カウンセリングルーム」みたいなものを立ち上げたって平気。そうだな、一応わたしは心理学の準学士だし、いまも通信制の四大に編入学して心理学を専攻しているから例としてよくないな。

まぁ本当に心理学についてカウンセリングについて、なんの知識も経験もない、人間性として適しているかどうかもわからない、そんなひとが看板立てちゃっても、なんのおとがめもなし、その日から心理カウンセラーになれちゃうわけです。

名乗ったが勝ちの職業なんです、こんな時代のこんな大事な資格なのに

だから、民間の団体が認定するカウンセラースクールみたいなものも、ものすごくたくさんあって、わたしの友人にも、そういったところで大枚をはたいて資格を取ったひとがなんにんかいるけれど、その質は実際のところどうなのかわからない

「心理カウンセリング」と一口にいっても、こういった怖さがあるんですな。
一番高名な学会が認定している臨床心理士の資格試験ですら、特に人間性も見ないような試験なので。怖いですよ。学歴で受験資格が得られて、合格したら、はいお好きなように……って仕組みですからね。
またたとえば産業カウンセラーなら、一般企業で働いた経験がないとだめだろって、わたしは思うんだけれど一般の労働経験のない人間が、たとえば職場の欝どう対処するんですか?

でも、いまのわたしには必要なんだなー、これが。

セルフセラピーでがんばってはきたけれど、精神医療と心理学の知識が下手にある分、また高校生のころから引きずったままだったと考えて通算すると、心の病気キャリア11年だという分、いや、だからこそ、「無理なものは無理!」とわかるわけですよ。
中学生のころからと考えるとキャリア15年、今回カウンセリングを受けたいという目的のメインであるのは、8歳のときにあった性犯罪の被害の克服なんだけれど……そこから徐々にわたしの心はむしばまれていったものだとすると、キャリアはまさに20年(!)にも達する大ベテラン中のベテラン。そりゃあ、ギブアップもするわけですよ。

 限界です。
 幼少期のトラウマ。
 思春期のトラウマ。
 娘のこと。離婚のこと。
  自分では、いかんともしがたいことがわかっているからこそ、カウンセリングを受けたいのです。

日本の心理カウンセリングの仕組みも見直すべきときにきているのでは?
心理カウンセラーは人気職種でもあるけれど、きっと長く続けていくのはきつい仕事だと思うしね。カウンセラーも人間ですから。
第一、心理学の知識がいくらあろうが、人間としてカウンセラーに適していなければだめでしょう。

もっと人間性を見るようなカウンセラー資格(もちろん学歴に関係なく)をつくるべきではないかと、切に思います。

【関連記事】
「SOSを出す」
「パニック障害というか鬱病というか解離性人格障害というか」
「パニック障害・治癒過程における苛立ちの正体は?」
「すみません、ちょっと忙しいフリをしていました。」
「再婚します。」
「夢遊病か?」
「無条件降伏だけはしたくない。」
「わたしだって泣きてぇよ。」
「昨日は娘の6歳のお誕生日」
「【パニック障害&鬱病】上手に共存していこう日誌(11)――はじめての減薬に入る」
「【パニック障害&鬱病】上手に共存していこう日誌(12)――久々の発作」
「【パニック障害&鬱病】上手に共存していこう日誌(13)――カウンセリング初回」

「【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(14)――病名に「PTSD」が加わる」
「【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(15)――薬の副作用で血糖値が上がる」
「【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(16)――母・娘、母・娘。そして、喪失体験」
「【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(17)――わたしがカウンセリングの記録をブログにアップするワケ」

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欧米と日本の出産・育児観の違い

これも、友だちと話していて聞いたことなのですが、軽くカルチャーショックを受けました。欧米と日本の出産・育児観に対する違いです。

■まずは「出産」
○欧米は無痛分娩がスタンダードなんですって。
○一方、日本では無痛分娩ができる病院は限られています

■そして「出産後」
○日本では7日間入院して母体の一定の回復を待ちますが、
○欧米では3日間(!)で病院を追い出される^^;そうです。

■「新生児期~の育児」
新生児は2~3時間おきにおなかをすかせて泣きます
○日本では「ちょっとわたしの6年まえ当時の育児日記見ます!? いま(編集/執筆)よりも、めっちゃ仕事してまっせ?!(笑)」というほど、毎回対応するので、生後3~4ヶ月くらいになって昼夜のリズムが赤ちゃんにできるまで、母親には寸暇もありません。つまり、産後3~4ヶ月は育児の合間を縫って20分うとうと……くらいがいいところなんですよ。(それ以後も、たとえば昼間にでも外出するようになると、赤ちゃんの未熟な脳には外界の刺激が強すぎるため、延々と夜泣きをすることも。)でも産後7日間の入院中には、たとえば寝過ごしたとしても、看護師さんがミルクをあげてくれるので安心です
てか、いま育児日記を見ていたら、本気で「よくこれで死ななかったなぁおれ……」って思うくらい、ものすんごいタイムスケジュールでした。特に、ウチは「母乳・布オムツ・手作り離乳食」育児で、布オムツは紙おむつのように何回分もおしっこを吸収なんてしないから、ちょくちょく変えて、手洗いしてましたからねぇ。
ところで、わたしが“「母乳・布オムツ・手作り離乳食」で育てた”って話しても、誰も信じてくれないのはなんでなのでしょうか?
○欧米では、「夜は赤ちゃんなんて泣かせておけばいいのよ」って主義(!)なんだそうです。日本のように、3~4ヶ月して昼夜のリズムができるのを待つ……なんて考えはなく、夜はいくら泣こうがなにもしないというのが原則とされているとのことでした。

これは医学の発達具合や価値観の違いでしかないので、どちらがいいかわるいかといった問題ではないと思います。
また比べてみてもわかるように、どちらにも一長一短がありますよね。たとえば、欧米ではわずか3日で病院を追い出されるけれど、その後は夜は泣いたまま放っておいてOKなど。

また、これは育児に正解なんてないことを示唆しているといってもいいでしょう。
所謂、密室育児――育児の悩みを誰にも打ち明けられずにいる母親――、わが子をかわいいと思えない母親、母性神話に基づいて“子どもをかわいいと思えないこと”に罪悪感を抱く母親、そして虐待、やがてはわが子を手にかけてしまう……そうなるまえに。「育児に正解なんがない!」。このことを忘れないでほしいと思います。

むかし、わたしたちの世代が生まれたころのお母さん方(ちょうどわたしの母親などもです)は、医者もまわりも本人も「子どもの分まで、母親は食べなきゃ!」という時代で、妊娠中毒症肥満による難産などもざらでした。
また、当時は「赤ちゃんをだっこしてばかりいると、“抱き癖”がついて、だっこしていないと、ひっきりなしに泣くようになるから、あまりだっこしすぎないこと」と考えられていたのが、いまでは「“抱き癖”なんてものは存在しない。赤ちゃんがだっこしてほしいと泣いているときは、いくらでも愛情を込めてだっこしてあげるべき」といわれています。いまの時代、“抱き癖”なんていおうものなら笑われます。
(↑「いまは」とはいっても、わたしが出産した6年まえを基準にしていますので、また変わっているかもですね)

ただ、産後は赤ちゃんばかりにまわりの目が行きがちですが、産後の母親のセルフケアも大事にすべきです。
日本でも、その意識が高く、産後の母親の心身のセルフケアに取り組んでいらっしゃるワークショップやグループレッスンなどを開いている方も、最近ではいらっしゃいます。(取材させていただいたのですが、6年まえにあれば……と悔やんだこと悔やんだこと)

お母さんが自分を大事にして、愛していなければ、子どものことだって、表面的にはかわいがれるかもしれないけれど、本当の意味で大事に愛しんであげることはできるのかな?

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