カテゴリー「離婚」の13件の記事

■今日は元夫のもとで暮らすひとり娘の10歳の誕生日です

1年まえ……
6年ぶりに娘に再会しました。

元夫に娘との絶縁を迫られ、
ずっと会えなかった愛娘とのあいだをつないでくださったのは、
元姑でした。

無条件に愛しくて、幸せな時間でした。


それまでも、
元姑のケータイから
娘とはメールのやりとりをさせてもらっていました。

母の日には、
「ママ、生んでくれてありがとう」
そんなメールをくれるような娘に育てていただきました。


でも、あの日以来、
メールのやりとりは途絶えています。

「ママ、ママ」ってシンボリックな存在であったわたしが、
急に目のまえに現実として現れた。

あの体験は娘にとって、
どんな体験だっただろうと、

わたしにとっては無条件に幸せな時間だったけれど、
会ってよかったのだろうかと、

いまでも考える日々です。


会えなくても、ママはKのことをいつも想ってるよ。

その気持ちを伝えたい。
愛された記憶とともに育ってほしい。

今日は、おめでとうメールだけ送ろうと思っています。

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

| | トラックバック (1)
|

★テレビ出演します! 「DV加害女性の心理」について★

テレビtvの取材を受けました。
「DV加害女性の心理」について
みっちりお話させていただきました(3時間ロケsweat01)。

0805b180

どんなふうに編集してくださるか、
どれくらい使われるかはわかりませんが、
語れることは語らせていただいたかな。

0805b183

今回、大川内はDVの加害経験被害経験もあり、
DVについて研究を重ねている女性として出ています。

加害経験があることはすでにカミングアウト済みですが、
あらためてテレビという媒体で語ることで
ご批判を受ける部分もあるであろうことは覚悟の上です。

それでも伝えなければならない
――そんな社会的使命感がこの胸にあるから。

0805b181

0805b182

放送日時は以下のとおりです。お見逃しなく!(笑)
 6月6日(金)24:40~ TBS「R30」
 オーバー30のための“人生情報バラエティ=LIFEエンターテイメント”番組です

0805b174

【関連記事】わたしの基本的なDV観はこちらをご参照ください。
「逆DV」
ドメスティック・バイオレンス(DV)の被害者は女性だけではない。
新婚夫婦に潜むDV ~携帯わいせつ画像で口論、新婚の妻絞殺容疑の夫逮捕
「デートDV」とは &DV被害者・加害者に経験者のわたしが勧める解決のヒント
セックスレスというDV(1)――セックスレスの心理学(2)
セックスレスというDV(2)――セックスレスの心理学(3)

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

| | コメント (2) | トラックバック (1)
|

娘からはじめてのメール!(>▽<*)

離れて暮らす、一人娘のKから
はじめてメールをもらいました!

おばあちゃんにケータイを貸してって言って、
自分で打ったんですって!

写真も何枚も撮って
自分の気に入ったのを添付してくれたみたいです☆⌒(*^▽゜)
笑顔(o^∀^o)の絵文字いっぱいのメール♪♪
Kがすくすくと健康で心豊かな子に育ってくれている証ですね。

これを読んで、
Kは「ママ」のことをこんなふうに思ってくれているんだから、
ママはちゃんと元気に幸せにならなきゃ! って思いました!

K、ありがとう。愛してるよ。

それから元お姑さんに感謝!
おかあさま、おかあさまがKのおばあちゃんで本当によかった。
ありがとうございます。

‥‥‥‥
Title:o(^-^)o
ママへ、Kは、元気にしています。(^O^)/ママはどうですか?生んでくれてありがとう。!(^^)!Kより。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

甘えるということ(2)

ブックマークに追加する  

目にいっぱいためた涙をこらえながら、言った。

「……甘えてまう」

「うん、僕には甘えとる、、やろうねぇ。
 それがどうしたんね?」
「……甘えたら、あかん」
「甘えたらあかん、思うてるの?」
「うん」
「なんで?」

「……こわい。」

――入院中、主治医のC先生との会話です。

0708bimgp1794

0710bimgp1821_2

(病室の窓からの風景。ヤフードーム、シーホーク、福岡タワー、博多タワー、マリノア、福岡サンパレス。
夜になるとその手前に高速道路の光の流線型が。美しかった)


甘えるのが怖かった。

当時を知っている人も、このブログを読んでくれているので、ちょっと気恥ずかしいけれど、
わたしね、中学~高校生のころに本気で恋をしたんです。
一生懸命、真剣に恋をして、
(こういう被害者ぶった言い方は好きじゃないけれど)
捨てられた。

そんなに惚れこむほど魅力的な男性だったのかって?
ううん、わるいけど違う。(笑)


わたしはただ逃げ場を求めていたんです。
逃げるようにしてのめりこんだ対象、それを喪失した。
たまたまそれが恋愛、失恋というカタチをとった。それだけ。


重要なのは、
それほどまでに強烈な耐え難い現実があったってこと。

そして、それをだれにも言えなかったってこと。


わたしはまわりの友だちや先生が思うような子じゃなかった。

裕福な家に生まれ、何不自由なく暮らしてきた、
教育熱心な親のもと、成績もトップの優等生で、
あたたかい家庭に育った“いい子”――。

それはたしかにわたしのある側面だったかもしれないけれど、
決してそれがすべてではなかった。


むしろ、正反対の現実のほうが大きくて大きくて、
わたしは押しつぶされそうになっていた。

だれにも見せられない。
だれにも話せない。


それをありのままに打ち明けた唯一の人が、
そのときの恋人だった。

わたしはそのひとにだけ、
自分の身に起きている現実を話し、
涙を見せた。
弱い自分を見せた。


でも、その恋というカンケイは
無残なカタチで終わりを迎えた。


「こわい? なにがこわいん?」

「甘えたら……甘えたら、おらんなってまう。
 わたしは、自分をなくしてまう」


わたしの「弱さ」を知る唯一の存在は、
最後には、
わたしの利用価値のあるところだけを搾取して、
わたしの「弱さ」をすら利用して、
そうして、いなくなった。

わたしは“自分”を失ってしまった。

だから、こわかった……。
甘えて、自分の弱さを見せて、失うのが、こわかった。

0710bimgp1808

でも、いまならわかるよ。

「甘える」ことと「依存する」こととは違う。
「愛」と「支配・服従」とは違う。

0710bimgp1806

「成熟した愛は、自分の全体性と個性を保ったままでの結合である。
 愛は人間のなかにある能動的な力である」

 と、エーリッヒ・フロムは著書『愛するということ』のなかで説いています。

そして、愛の能動的な性質をあらわす要素として、
「配慮」「責任」「尊敬」「和」を挙げ、

尊敬とは、その語源(respicere=見る)からもわかるように、人間のありのままの姿を見て、その人が唯一無二の存在であることを知る能力のことである。

尊敬とは、その人がその人らしく成長発展してゆくように気づかうことである。

したがって尊敬には、人を利用するという意味はまったくない。

私は、愛する人が、私のためにではなく、その人自身のために、その人なりのやり方で、成長していってほしいと願う。

誰かを愛するとき、私はその人と一体感を味わうが、あくまでもありのままのその人と一体化するのであって、その人を、私の自由になるような一個の対象にするわけではない。

いうまでもなく、
自分が独立していなければ、人を尊敬することはできない。
つまり、松葉杖の助けを借りずに自分の足で歩け、誰かを支配したり利用したりせずにすむようでなければ、人を尊敬することはできない。
自由であってはじめて人を尊敬できる。

と続けています。

「甘える」というのは、
「依存」でも「支配・服従」でもなく、
「“弱さを見せられる強さ”がある」ってこと。

そこにあるのは、
自立した人間同士の
お互いへの敬意。尊敬の念。

だから、わたしはわたしを失わない。

いまは、そんなふうに思います。

【関連記事】
人に理解を求めるとき ~甘えるということ(3)
甘えるということ
#102 自己愛 ~自分を大切にすること、認めること、愛すること

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

| | コメント (6) | トラックバック (1)
|

シアワセって…… ~「曲がり角の彼女」

 こちらでは、いま「曲がり角の彼女」というドラマが再放送されています。

 仕事でも責任ある立場になった33歳の働く女性、恋する相手は既婚男性、という役を稲森いずみさんが、
 その後輩であり、ライバル意識を燃やしている、25歳の恋多き女を釈由美子さんが、
 28歳・社長の息子で副社長になった、クールな年下の上司を要潤さんが演じ、
 恋・仕事・結婚のあいだで揺れながら、「生き方」を模索していく――そんなドラマ。

 とにかく、ひとりひとりのキャラクターがいきいきしていて、見ていて爽快な気持ちになるの。
 毎回、チョット考えさせられる内容があって、でも決して深刻にではなく、明るく描かれているんですね。
 でも、それでいて、毎回ズンとくる台詞があって、いいドラマだなって素直に思います。


 ズンときた台詞、たとえば……

“だれかに幸せにしてもらおう”なんて、
 甘い夢を見ているわけじゃない。

 わたしたちだって、
 自分の人生、
 自分でなんとかしゃなきゃってことくらいわかってる。

 でも、ただそのとなりに、だれかにいてほしいだけ。
 そしたら、いまよりちょっと頑張れると思うから。
 だれが“幸せにしてもらおう”なんて思うか、
 うぬぼれるなー!

(稲森いずみさんが、同い年の友だち・青木さやかさんが年下男にだまされたとき、その男に向かって)


(ホテルの住人である女流作家の子どもが「お母さんが仕事ばかりでさみしい」というのを我慢していることに対し、「我慢しなさい」と諭す釈由美子さん。
 そこに稲森いずみさんが現れ、「淋しいのか? ママに仕事ばかりするなって言ってきな。やせ我慢なんかしないで。ママだもの、嫌いにならないよ、絶対に」という。
 実は母娘関係に複雑な問題を抱えている釈由美子さんから口火を切ったかたちで、釈さん・稲森さん、二人の口論がはじまる)

「なんで絶対嫌いにならないと言えるの?」

 「親子だもの、喧嘩して、仲直りする。
  言わない方がわるい」

 「それはわたしがわるいってことですか? 
  男に頼って飲んだくれている母親に
  頼らないのがわるいんですか!?
 (ホテル住人の)親子が壊れたらどうするの!?
 (あなたには)わからないでしょうけれど、
  単純な親子ばかりではないんです」

 「わからないよ。でもひとつだけわかる。
  なつみちゃん、子どもすぎる。
  そんなむかしのことに縛れて、
  いまは大人でしょう?

  本音を話せる相手を、
  男でも友だちでも探せばいいじゃない」


(辞表届けを出して行方をくらまし、発見されたときに「俺、この仕事向いてないっす」と泣く男性後輩に、稲森いずみさん)

「向いてるも向いていないも、
  たった数年くらいでわかるもんか!
  ただ、わたしにはあんたが必要なだけ」



 あぁいいなぁ~いいわぁ~。図らずもながら。
 書き出してみると、やっぱり特に1番上のがいいね

 いま第六話まで観ました。
 Wiki見ていると、ネタバレありそうだけれど^^;、Wikiのページもおもしろく書いてあるなー。

 なんつーか、もう、買っちゃうかこれ?!(*≧ρ≦*)(笑

| | コメント (0) | トラックバック (1)
|

家族のあり方~みきファミリーに思う

 

0704bimgp1564

 胸がつぶれそう、とか、心が引き裂かれるようだ、とかって、こーいうことを言うのではないだろうか。
……というような出来事が、実はあったんだけれど(みきファミとはかんけーなく、わたしの個人的なことです)子どもたちの笑顔がイチバンのクスリになりました!

 みきカレ&みきみき&ダイちゃん&ソウくん。
 4人を見ていると、ふつーにあたたかい家族の風景ってかんじだなって思った。見ていて、幸せをかんじました^^ 幸せが伝染して、わたしも幸せな気持ちになれたよ♪ ありがと!

0704bimgp1587

0704bpic_0269

 みきファミリーのあり方ってさ、詳しくは書かないけれど、一般的な社会通念に照らし合わせると、まぁたしかにイレギュラーではあると思うの。

 眉をひそめる人、批判する人もいるだろうとは思う。それは悲しいけれど事実。仕方ない。そういう人たちがいるという事実はね。
 またイレギュラーであることによって、たくさんの困難もあると思う。



 でも、わたしは思うんだ。
「いいじゃん、これが“彼女たちの「家族のあり方」”なんだから」って。



「標準モデル家庭」なんてものはMUSTではないし、それがほかの家族のあり方に勝って優れているというわけでもない優劣を比べること自体、ナンセンスだ。
「標準モデル家庭」など、「フツウ」という概念が悪なのだ、とすら、わたしは思っている。
「フツウ」が「フツウじゃない」を生み出し「フツウ」の存在によってつくられた「フツウじゃない」は、疎外される。偏見を抱かれる。


 少子化問題、こうのとりのゆりかご(俗称:赤ちゃんポスト)問題、代理出産問題、離婚後300日規定問題、いじめ問題などなど、「家族」「子ども」を取り巻く問題が山積している、いまの日本

 さまざまな側面からの検討が必要で、簡単に語ることができないのは重々承知している。
 そのあたりの考察は、わたしの別のブログ「SEX-Therapy【セックスセラピー】」「フリーターから起業した女性経営者の“心豊かに生きる”ブログ」などで語っているので、そちらで。


 ただね、実際の生活者にとっては、もしかすると、現場を離れた遠いところで行われている小難しい分析、議論や、実生活のなかで実感しにくい立法なんかよりもね、案外、シンプルなメッセージのほうが響くんじゃないかなって思うの。
 シンプルでありながら本質を突いたメッセージ
 物事の本質というのは、往々にしてシンプルなことだったりする。




「みんな違って みんないい」
という言葉を残したのは、詩人の金子みすず


 杉並区の小学校に任期付き教員として赴任することとなった乙武洋匡さんは、「みんな違っていいんだ、ということを伝えていきたい」おっしゃられた



――こういうことでしょ?

 

 家族のあり方は、それぞれ。
 100の家族がいたら、100とおりの家族のあり方がある、それがあたりまえじゃないの?


 もちろん、社会のバランスのなかで生きていく上で、なんだってアリではないことくらいわかってる。
 やっていいこととやってはいけないことの分別くらいついている。
 最低限の良識は踏まえた上でだよ、もちろんね。



 ねぇ、この笑顔見たらわかるでしょ? こんなに幸せな笑顔でいるんだよ? みんなが。いーっつも笑ってるんだよ? いーっぱい笑ってるんだよ?

0704bimgp1585

 子どもたちの無邪気な笑顔、みきとカレの穏やかな笑顔。
 こんなに幸せそーな家族の風景を見てさ、だれが批判できるの? だれにあぁだこうだ言う権利があるって言うの?




 わたしは、この二人、応援していくよ。
 これからも、ずっと。

0704bimgp1566

 つないだこの手を離さないで、ね。ずっとだよ。^^


    ――みきみき&ショウジロさん&ダイちゃん&ソウくんへ



【関連記事】
みきファミリー接待(1)マリンワールド海の中道
みきファミリー接待(2)イルカショー、ヘソを出す

すっごくいい時間をすごさせてもらいました♪ ホントにありがと~~~!

■1番上の写真:とっくに中2の息子くんに身長を追い抜かれてしまっているわけですが、
「ダイちゃん、ガッコウでも大きいほう?」「いや、ちっちゃいほうっすよ」
……にはヘコンダ(笑)
身長が追い抜かれているのはよしとしよう。
しかし、「ダイちゃん、ガッコウでも大きいほうだからしょーがないよね♪」って、わたしが自分へ言い訳をするための余地がほしかった
orz そこに一縷の望みをかけていたのである(笑)

| | コメント (8) | トラックバック (0)
|

映画「マリー・アントワネット」 と 元夫

0703bimgp1413

 昨日ね、映画「マリー・アントワネット」観に行ってきたよ。@ソラリアシネマ(天神ソラリアプラザ内)


 母と二人、帰りの車のなかで、なんとなく元夫の話になった。

「彼に対して、恨み言はわたしは言えない」

 って言った。

 素直で正直な気持ち。
 離婚して何年もの月日を経て、いろんなことがあって、やっとこんなふうに思えるようになった。

 たくさん憎んだし、恨んだし、ひどいこともいっぱい言ったけれど、あの人は、愛しい娘の命をくれた、たったひとりの大事な人で、
 そして、離婚したいま、元お姑さんと新しいママとともに、娘のことをとても健やかで陰りのない子に育ててくれている人で、

 母も彼のことはとても素晴らしい人で、とても大変な思いをしてきているのだと、だから母も高く評価すると言っていた。

 彼がわたしに対してきついことを言ったりしたりしたこともあったかもしれないけれど、それくらい意地にならなければ、父子家庭でやっていくということは大変だったのだから、と。


 ありがとう、と言いたい。

| | コメント (4) | トラックバック (1)
|

離れて暮らす娘の7歳の誕生日に

 正直に言います。
 毎年、この日が近づくと心が揺れ動いて仕方がありません。
 どうしようもない無力感をまえに、消えてなくなってしまいたい気持ちになります。

 7回目の今日は、そんな自分をすこしだけ受け入れて、
 元姑に近況をうかがうメールを出し、
「おかあさん」――呼ばせてあげたい、呼ばれてみたいなとつぶやいて、
 涙をこぼしました。

 華月、新しい学校は楽しい?
 毎日、元気に過ごしてる?
 新しいお家はどう?
 お友だちはできたかな?
 新しいおかあさんは

 おかあさんはいつも華月を想っています。

| | コメント (8) | トラックバック (0)
|

【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(16)――母・娘、母・娘。そして、喪失体験

ブロガーのみなさん、コンバンハ。つーか、ご無沙汰です。

すみません、精神状態が低迷していたり、それが回復してきたかな~と思いきやタチのわるい風邪にやられたりしておりました(>_<)

ご心配をおかけてしてしまった方、ごめんなさい。
でも、更新が滞っていたあいだも、ちょくちょくと見に来てくださったり、ご心配いただいて、メールなどでご連絡をくださったりした方々もいらして、とってもうれしかったです!

さて、2週間に1度、受けることになったカウンセリング
2度目は睡眠不足(←遊びで……^^;別途後述します)のために、コンディションがわるく、こういった状態のときにカウンセリングを受けてもなーとキャンセル

で、その約1週間後に、代替日の予約が取れたので、受けてきました。

カウンセラーの先生の第一声は、まず、前回、1度目のカウンセリングを受けて、大川内麻里のこれまでを概要としてガーッと話してみて、どうだったかと。

「そうですね……これまでいつも考えてきたことや考えていることなので、ガーッとお話しすることはできたと思うのですが、ただ、やはり、こういったかたちで、あらためて、第三者にお話しするということで、また別の向き合い方をすることになるので……なので、揺り返しというか、ちょっと精神状態が、なんというか、しばらくは動揺してしまったというか」

わたしは、考えごとをするときは、常に自分との対話のようにして考えることが、物心ついたころから身についていたので、自分のこれまでのつらかった体験についても、論理的に、よどみなく、また相手のペースに合わせて、相手に伝わるように話すことはできるんですね。

「おっしゃるとおりでね、カウンセリングっていうのは、話してすっきりしたなんて思われがちだけれど、そんなふうに、実はとても精神的に疲れるものなんですよね」

そして、カウンセラーの先生は、前回のメモ(←膨大^^;)を一覧しながら、こう言葉をつなぎました。

大川内さんの場合、あまりにも、いろいろなことがありすぎてね……通常は認知行動療法などを(←こんなことをいわれるのは心理学生だからか?^^;)使っていくのだけれど、大川内さんの場合には、体験として、これまでに、あまりにも大変なことが多すぎるから……正直なところ、お役に立てるかどうか、わからないんですね」

と前置きした上で、重ねて

「それに、前回のことを、さっきおっしゃったように、こうして、向き合うことで、かえって、つらい思いをすることもあると思うんですね」

そして、こう選択肢を与えられました。

「それでも、カウンセリングを継続していくことで、本当にお役に立てるかどうかはわからないのだけれども、整理していこうとするか、もしくは、このまま、ご自分のなかに留めておくというか、眠らせておくかどうか

しばらく考えた後に、わたしは

自分自身で昇華しきれている部分もあるけれども、でも、一見、昇華しきれているようで、実はくすぶっている、しこりとなっている、いまに影響していることがあると自覚していますので、……続けます

カウンセリングの継続、つまり、自分自身と再度、真正面から、向き合っていくことを選びました。

で、その日に話したのは、主に、下記あたり。はしょってます。特に、それぞれ、自己分析を加えながらの話だったので、そこは、はしょっているところが多いです。

==============
10代のころにあった、母との母娘葛藤順風満帆に見えた、自分でもそう信じて疑わなかったころから、実は歪みは入りはじめていたのだろう

その母娘葛藤は、父の不倫発覚ということを契機にして表面化し、わたしも恋愛をしていたことから、「オンナ」としての感情が、母にあったはず

不登校は、学校がいやだったわけではない。家庭の問題が、学校生活にまで波及した(※「優等生」問題、「いい子」問題、「万能感」問題を含みますが、それも別途後述します)

そのかつての母との話を、結婚まえに、元夫に話したときに、彼はその事実をして「虐待」と称した。その言葉を聞いたときに、スーッと、胸のつかえがとれていくのを感じた

なぜ「虐待」といわれてスーッとしたのか。それは、母の行為を、ひたすら「愛情」と取り違えたまま、信じ続けるしかなかったわたしは、母の行為と、溺愛というほどの愛情を、強引にイコールで結び付け続けてきた。当然、そこには矛盾が生じる矛盾は苦しみとなる「あぁ、あれは虐待だったんだ……」そう思うことを自分に許せたことで、矛盾から解放されたから

妊娠中(21歳)、おなかの子が女の子だと知ったときに、ものすごく恐怖を覚えた

なぜなら、自分のなかのインナーマザーの存在が怖かったから。「自分も、かつての母がわたしにしたのとおなじことを、この子にしてしまうのではないか」という観念にとりつかれ、脅威の存在であった

しかし、いざ生まれてみれば、そんなことはまったくなくて、愛おしい、愛おしい娘という存在。もちろん、人格をもつひとりの人間である。かつての母は、わたしに対して、こう思い込んでいた――「子どもは母親の所属物」であると。違うそうではないわたしの娘に対する愛情は、それとは違うものだ。また、同時に、母として妻として嫁として女性として、母から引き継いだいいものがあることを、自分で認めることができた

ここで、ようやく、インナーマザーとの決別ができたのではないか(後に、離婚の際に、またよみがえるので、“できかけた”だが)

娘の出産、娘の存在は、わたしにたくさんのものを与えてくれた。出産をするまでのわたしには、自信のあることが、なにひとつなかった10代当時に、ことごとく、自信喪失をしていた。過去には誇れていたものさえ誇れなくなり、なにが誇っていいものなのかわからない誇っていいものといけないもの、つまり自信をもっていいものといけないものとがあると思っていた。自分には、自信をもつことを許されるものなど、なにひとつないと思い込んでいた

母として娘として妻として嫁として、そしてなによりも、ひとりの女性、ひとりの人間としての自信を、娘を産んだことで得る(あるいは取り戻す)ことができた

離婚(23歳)。娘の親権・看護養育権ともに、元夫のもとへ

仕事への異常なまでの没頭「大川内麻里」のアイデンティティーの再模索と、また、離婚時に社会経験が一切なく、経済力のなかったことも、娘を連れて出る勇気をもてなかった理由のひとつだった。その悔恨の思いからのことだった

仕事への異常なまでの没頭と執着から、まずは仮面鬱病を発症→やがて鬱病に→パニック障害も併発→パニック障害による二次性鬱病も……と、次第に精神は蝕まれていく

「わたしと会うと娘が精神的に不安定になる、もうすこし大きくなるまで待ってほしい」……という元夫家からの申し出により、娘とは、3年以上会わせてもらえないながらも、来春、小学校に入学することもあり、娘も「わたしきっとままにあえるでしょう」と、会いたい思いを手紙に綴ってくれたことなどから、勝手ながらも、もうすぐ……と淡い期待を抱いていた。(会わせてもらえなかった3年あまりのあいだに、わたしがしたのは、娘が気軽に両家を行き来できるような関係作りをしようと、コツコツと手紙を書いたり、電話をしたりと、元姑に働きかけてきたこと打てど響かずの状況に、面会交渉権をめぐる調停を起こそうとしていた時期もあったが(面会交渉権とは、決して、看護養育権をもっていない側の親の権利というだけではなく、子ども自身の権利でもあり、それを侵害しているということは、娘への精神的な虐待であると考えた)、「それは得策ではない。いまやっている、元夫家との関係構築への努力がベストだ」とのアドバイスなどから、いろいろと考えた末、様子を見ながらではあったが、調停に持ち込むことは差し控えていた)

その矢先に、寝耳に水の元夫の再婚(約半年まえ)。それに伴い、娘との完全な絶縁を迫られている(関連記事:「再婚します。」「昨日は娘の6歳のお誕生日」)(※ちなみに、再婚相手との交際が始まったころと、会わせてもらえなくなった時期とは、ぴったりと重なっている)
==============

――と、こんなところでしょうか。

カウンセラー曰く、娘さんの喪失体験が、大川内さんにとっては、あまりにも大きすぎる娘さんの出産を機に、重く暗い影を心に落としていた、かつてのお母さまとのことも、せっかく昇華できたりしたというのに。そうすると、現実的に、娘さんとの関係をどうするかということですよね」

ここでタイムアウト。次回に持ち越し。で、次回は、週明けです。

【関連記事】
「SOSを出す」
「パニック障害というか鬱病というか解離性人格障害というか」
「パニック障害・治癒過程における苛立ちの正体は?」
「すみません、ちょっと忙しいフリをしていました。」
「再婚します。」
「夢遊病か?」
「無条件降伏だけはしたくない。」
「わたしだって泣きてぇよ。」
「深刻なカウンセラー不足」
「昨日は娘の6歳のお誕生日」
「【パニック障害&鬱病】上手に共存していこう日誌(11)――はじめての減薬に入る」
「【パニック障害&鬱病】上手に共存していこう日誌(12)――久々の発作」
「【パニック障害&鬱病】上手に共存していこう日誌(13)――カウンセリング初回」

「【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(14)――病名に「PTSD」が加わる」
「【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(15)――薬の副作用で血糖値が上がる」
「【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(17)――わたしがカウンセリングの記録をブログにアップするワケ」
「親は子どもに万能感をもたせて育てるべきか? もたせて育てたなら……」

本日のBGM♪ Halfway Between the Gutter and the Stars / Fatboy Slim

| | コメント (6) | トラックバック (0)
|

2005年はこんな年、あんな年。

2005年も、いよいよ終わりが近づいてきましたね~!
みなさんにとって、この1年はどんな年でしたか~!?

わたしは、いろんなことがあったなぁ……サンフランシスコユニオンスクエアにて、日本より17時間遅れの新年を迎えたことにはじまり。

1月末には、結婚していたころから離婚後まで、約6年間を過ごした杉並の地を離れ、豊島区へ引越し

そして、会社(編集プロダクション)設立

さらに、通信制の大学に編入学し、心理学再勉強し始める……そう、なにげに学生でもあるのだ、わたしは。

その後、鬱病が悪化し(たように見えただけで、後に「パニック障害」であることが判明)、八王子の山奥へ入院。(これとはまた別のアレルギー疾患で、12月にも入院。今年は入院を2度もしている……(ノへ:))
退院後、さらに状態が悪化し、強い外出恐怖から引きこもりとなってしまったため、4月末に一度帰省し、別の精神科に罹ったところ鬱病+「パニック障害」であることが明らかになる。

5月、東京に戻り、仕事をしながら、「パニック障害」という比較的新しい概念(だから、これまでの医師に見逃されてきた)+鬱病との戦いを始める。

夏。この夏1月半ばかりだけで、40人近くを取材・撮影し、原稿を書きまくる
わたしの季節は、ここで止まったままであった、ついこのあいだ、ハードゲイ・クリスマスバージョンを見るまでは。クリスマスイヴの夜に、オーチャードホールで行なわれたコンサートで、ソプラノ歌手であるナタリア・ミロノワ「アヴェ・マリア(エレンの歌 その3 作品52の6,D.839)」(シューベルト)での美しく透き通るような歌声を聴くまでは

9月。3年ぶりの元夫からの電話再婚することを告げられるとともに、親権・看護養育権を元夫がもつ一人娘の華月(かづき)との絶縁を迫られる
小学校入学をまえに、勝手ながら「もうすぐ会えるときがくる」と淡い予感を抱いていた矢先の出来事だった。
「華月が情緒不安定になるから、もうすこし大きくなるまで」といわれて、その日だけを夢見てきた3年半――玉砕

同時に、「華月が情緒不安定になるから」という理由も、もちろんあっただろうが、再婚相手の女性とお付き合いをし始めたことも、わたしと華月を3年半も会わせなかったことの一因であったと知る

パニック障害+鬱病、悪化。
パートナーの理解と支え、そして友だち仕事関係者の方々ネットの向こうの方々みなさんに救われてばかり……ありがとう

1年まえといまとでは、わたしの仕事への関わり方と意識は、かなり変わった。それまでは、変えざるをえないものを断固として変えようとしていなかった
1年まえには、スケジュールはいつもぎっしり詰め込み、限界まで仕事をこなしていた。しかし、それは、ある種の自己満足と変容した甘えでしかなかったと、いまはそう振り返る。

いまは、だいぶラフフレキシブルに考えられるようになってきた。すこしずつだけれど。
1年まえのわたしなら、いまごろ、今年の目標達成率を厳しく自分に突きつけていたところだろう。でも、いまはそんなことはしない。

しかしながら、「プロフェッショナルとして仕事をする」ということには、むかしもいまも、まったく変わりはない
わたしは、これまでもプロフェッショナルとしてプロフェッショナルな仕事をしてきたし、いまもプロフェッショナルとしてプロフェッショナルな仕事をしている。そして、これからもプロフェッショナルとしてプロフェッショナルな仕事をしていく

同時に、パニック障害+鬱病についても、「治そう」と「頑張る」のではなく、「うまく共存していこう」という考え方に変えることができた

まるで憑物が落ちたかのように、いまは本当に気が楽で、でも適度な緊張感があって、充実している

ようやく、最近になって、仕事をしながらも、規則正しい生活と、それに組み込まれた家事もこなせるようになり、生活に潤いと張りが感じられるようになってきた
パートナーには、まさしく1年も待たせてしまって……、ようやくこうなれたこと、申し訳ないけれど、見守ってきてくれたことに、とてもとても感謝している。

あえて、ガチガチに来年の目標をかためようとは思わない。もちろん、事業計画はあっても

しいて、来年の目標を掲げるとすれば、「心豊かに生きたい」ってことかな……。

そんななかで、わたしの手から、今年生まれた本たちを一部ご紹介。(って、「手から生まれた」なんておこがましいですね。執筆や編集をお手伝いさせていただいた本たちの一例です)
 ●「世界でいちばんやさしいお金のつくり方――ネット・オークションでラクラクお金を儲ける方法」(沢木遥 著/ダイヤモンド社
 ●「ありがとう! 次郎」(村﨑太郎 著/ダイヤモンド社
 ●「自分探しの歌(――歌を読む詩集 あゆとサザンで学ぶ詩の世界・シリーズ3巻。ほか「恋の歌」「元気をくれる歌」)」(根元浩 著/金の星社)*全国中学校 国語・総合学習教材に起用。
 ●「HEAVY METAL/HARD ROCK黄金伝説」(伊藤正則ほか 著/宝島社) ほか多数

それから、ブログを始めたこと。これも、今年のわたしをしばしば充実感で満たしてくれるほどの大きな出来事でした。
ブログ再入会(出戻り^^;)したミクシィで、ありがたいご縁をいただくことが多く、ブログを書きながら、またみなさまのブログを拝読させていただきながら、そして、拙文をお読みくださるみなさまと交わす言葉から、わたし自身、さまざまなことを考えさせられて、とても勉強になりました。ありがとうございました。

また、仕事上のご縁「会いたい人には会う!」と決めていたことなどからも、そうですね、今年は「出会い」に大変に恵まれた1年でした。ウン。とってもとっても、ありがたいことです。さまざまなご縁や機会をくださったみなさまに感謝感謝です。

そんなこんなで、みなさま、今年はこんな大川内にお付き合いくださって、本当にありがとうございました。
来年も、よろしくお願いいたしま~す! みなさんにとって、2006年という新しい年が幸せいっぱいの1年でありますよーに……♪(*^^*)

本日のBGM♪ Always Outnumbered, Never Outgunned / PRODIGY
テレビの挿入曲としても、よく使われているPRODIGYの最新アルバム。なかなかの仕上がりです! 発売当初は特にヘビロテで聴いてた♪

| | コメント (6) | トラックバック (1)
|

より以前の記事一覧