カテゴリー「心理学」の20件の記事

■自分らしく生きられない人たち(2)~心の病気など弱いところを見せられない

M大学仲間のなおとさんが、
わたしのお見舞いにきてくれたあと、日記に

 「彼女と話していて、
  自分のプロフィールからADHDの文字を消した自分が恥ずかしくなった」

と書いてくれたんだけれども、


わたしは病気のことも、自分の(一般的に言うところの)弱さ、つらい経歴など、
すべてオープンにしています。

お仕事でお付き合いくださる取引先の方々、
友人・知人、彼や彼のご家族にも
包み隠さずカミングアウトしています。


でも、わたしもかつては「弱さを人に見せられない」人間でした。

「引かれる」「こんな自分を知られたら嫌われる」
そう思い込んでいたんです。


でも、21歳のころだったでしょうか。
ふっとなにかの糸が切れて、
自分ではじめてつくったWEBサイトに、
つらかった経験を書いてみたんです。

そして、友人たちに公開しました。


友人たちの反応は、わたしの予想を反するものでした。

「麻里のこと、なにも知らなかった」と泣いてくれる子。
「麻里の魅力が増した」「ますます好きになった」と言ってくれる子。

どんなに救われたことか……。


以来、わたしの対人スタイルは、
自分の弱さをオープンにするものとなりました。



もちろん、それを受け入れてくれる人ばかりではないでしょう。

でも、それならそれでいい、って思っています。

弱さは、わたしの大切な一部。
それで離れてしまう方とは、
いいお付き合いができるとは決して思わないのです。



ですから、
いまのわたしのまわりにいてくださる方々は、

すべて、わたしの事情を知った上でお付き合いしてくださっている方ばかり。
本当にありがたいことです。

そして、そうすると、
実はいい人脈が構築できてしまうことに気付きました。


知った上で、受け入れて、お付き合いしてくださる方だと、
わたしも無理をしなくて済むんです。

人間関係のストレスとは無縁になりました。


ある意味、人脈のフィルタリングができてると思うんですね。
いい関係を築ける方たちだけが、集まってくださる。

そして、その数は、決してすくなくはないんです。


先日、うつ病で入院したときも、そのまえの療養生活に入ったときも、
取引先のみなさまには、正直に事情をお伝えしました。

「つらくなったら、いつでも電話してくださいね。
 話聞きますよ」
そんなことまで言ってくださる取引先の方もいらっしゃいました。

本当に泣けそうなくらいありがたかった。


でも、こんな関係も、
わたしが弱さをさらけ出すことを恐れて隠蔽していたら、
築けなかったことなんですよね。



ただし、たださらけ出すだけではなく、
それをもってしてもお付き合いいただけるだけの
誠実で誠意あるお付き合いを心がけています。



おなじような病気に苦しむ方、
おなじような体験をしてきた方の多くが、
「話せる人は限られてる」
「本当の自分を見せられない」
と言います。

わかります。事実、わたしもそうだったんですから。

でも、もしかすると――
勇気を出して打ち明けたら。
そんなあなたをやさしく包み込んでくれる人が、
案外そばにいるかもしれませんよ^^


【関連記事】
■自分らしく生きられない人たち(1)~好きな仕事、やりたい仕事ができない
■【追記1】自分らしく生きられない人たち(1)~好きな仕事、やりたい仕事ができない
■【追記2】自分らしく生きられない人たち(1)~好きな仕事、やりたい仕事ができない

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■入院中に趣味が増えたわけで……アンダリア作品集

入院中にひまをもてあましてやっていた
アンダリアの作品を紹介します。

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↑これは、彼のご両親と弟さんご夫婦に、
プレゼントしようと思ってつくった
ティッシュケースとペアコースター。
やはりリボンがうまく結べないw

お父さま、お母さま、Kさん、Aさん、
今度遊びにうかがったときにお持ちしますねー♪
楽しみにお待ちくださいheart02happy01

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↑手前が自分用につくったペンケース。
奥がコースターの柄モノシリーズ。

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↑コースター、モチーフシリーズ。

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↑コースター、アニマルシリーズ。


一見、ビーズのように見えるかもしれないけれど、
アンダリアって、
ネットにきらきらの糸(メタリックヤーン)を通して
模様を編んでいくんですnote

入院中、こんなことばかりやっておりました。。。smile


とはいえ、実はこれも治療の一環。
作業療法といって、軽作業を通して回復を目指していくもの。

大川内、見事にハマッちゃいましたlovelywink
大川内、こう見えても、意外と手先が器用なんだよsmile

キャラズレしてるから、完璧ネタにしてるけど、
中学のころは家庭科部だったからな。。(笑)bleah


アンダリア、
見た目よりぜんぜんかんたんで、
きれいなモノができるし楽しいんで、
みなさんもぜひいかがですかー?wink


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★著書、明日発売! 「親が知らないケータイ・ネットの世界」★

私、大川内麻里の著書
親が知らないケータイ・ネットの世界」(実業之日本社)が
明日発売になります!

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ケータイ・ネット社会の現状、トラブル予防策と対策にはじまり、
やはり切っても切り離せないモラルやルール、マナーなどの教育、
そして性教育にまで言及しています。

このブログ掲示板で取り組んできた
ネット性教育から見えてきたことも書いてあります。

ぜひご一読ください!


第1章●ネット・ケータイ、子どもには不必要ですか?
 ネット・ケータイが少年事件を増加させたのか
 ネットをきっかけにひきこもりから立ち直った青年
 有害な情報をシャットアウトするフィルタリングとは
 「青少年ネット規制法」の基礎知識
 「青少年ネット規制法」成立に至るまで
 ネットの有害情報に対する世界各国の取り組み
 日本の情報教育を補完できるのは誰か

第2章●落ちたら危険! ネット・ケータイに潜む闇
 学校だけではなくなったクラスメイトとの関係
 新しい人間関係がネットからはじまる
 ぐっと近くなった犯罪との接点

第3章●ネット・ケータイの闇に踏み込ませない予防策
 発達段階に応じて教えておきたい「自由と責任」
 男子と女子で違うネット・ケータイの注意点
 買う前に話し合っておくこと、約束しておくこと

第4章●子どもがトラブルに巻き込まれてしまったら
 取り乱さずトラブルの解決策を提示する
 効果的な教育チャンスと考える
 ストレスの原因はほとんどが人間関係
 「ルール」と「自分」を守る教育

第5章●この機会に親子で知っておきたい性の知識
 大人の「まだ早い」はいつだって遅すぎる
 望まない妊娠を避けるために
 セックスで病気にかかる危険性を知る
 セックスを知る年齢とは
 「ネット性教育」の取り組みの現場から

第6章●仮想現実が拡大する時代に必要な新教育
 ネット・ケータイ時代の「行儀」「マナー」とは
 求められる昔ながらの「道徳」教育
 自己を確立するネット・ケータイデビュー期に

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★テレビ出演します! 「DV加害女性の心理」について★

テレビtvの取材を受けました。
「DV加害女性の心理」について
みっちりお話させていただきました(3時間ロケsweat01)。

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どんなふうに編集してくださるか、
どれくらい使われるかはわかりませんが、
語れることは語らせていただいたかな。

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今回、大川内はDVの加害経験被害経験もあり、
DVについて研究を重ねている女性として出ています。

加害経験があることはすでにカミングアウト済みですが、
あらためてテレビという媒体で語ることで
ご批判を受ける部分もあるであろうことは覚悟の上です。

それでも伝えなければならない
――そんな社会的使命感がこの胸にあるから。

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放送日時は以下のとおりです。お見逃しなく!(笑)
 6月6日(金)24:40~ TBS「R30」
 オーバー30のための“人生情報バラエティ=LIFEエンターテイメント”番組です

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【関連記事】わたしの基本的なDV観はこちらをご参照ください。
「逆DV」
ドメスティック・バイオレンス(DV)の被害者は女性だけではない。
新婚夫婦に潜むDV ~携帯わいせつ画像で口論、新婚の妻絞殺容疑の夫逮捕
「デートDV」とは &DV被害者・加害者に経験者のわたしが勧める解決のヒント
セックスレスというDV(1)――セックスレスの心理学(2)
セックスレスというDV(2)――セックスレスの心理学(3)

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甘えるということ(2)

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目にいっぱいためた涙をこらえながら、言った。

「……甘えてまう」

「うん、僕には甘えとる、、やろうねぇ。
 それがどうしたんね?」
「……甘えたら、あかん」
「甘えたらあかん、思うてるの?」
「うん」
「なんで?」

「……こわい。」

――入院中、主治医のC先生との会話です。

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(病室の窓からの風景。ヤフードーム、シーホーク、福岡タワー、博多タワー、マリノア、福岡サンパレス。
夜になるとその手前に高速道路の光の流線型が。美しかった)


甘えるのが怖かった。

当時を知っている人も、このブログを読んでくれているので、ちょっと気恥ずかしいけれど、
わたしね、中学~高校生のころに本気で恋をしたんです。
一生懸命、真剣に恋をして、
(こういう被害者ぶった言い方は好きじゃないけれど)
捨てられた。

そんなに惚れこむほど魅力的な男性だったのかって?
ううん、わるいけど違う。(笑)


わたしはただ逃げ場を求めていたんです。
逃げるようにしてのめりこんだ対象、それを喪失した。
たまたまそれが恋愛、失恋というカタチをとった。それだけ。


重要なのは、
それほどまでに強烈な耐え難い現実があったってこと。

そして、それをだれにも言えなかったってこと。


わたしはまわりの友だちや先生が思うような子じゃなかった。

裕福な家に生まれ、何不自由なく暮らしてきた、
教育熱心な親のもと、成績もトップの優等生で、
あたたかい家庭に育った“いい子”――。

それはたしかにわたしのある側面だったかもしれないけれど、
決してそれがすべてではなかった。


むしろ、正反対の現実のほうが大きくて大きくて、
わたしは押しつぶされそうになっていた。

だれにも見せられない。
だれにも話せない。


それをありのままに打ち明けた唯一の人が、
そのときの恋人だった。

わたしはそのひとにだけ、
自分の身に起きている現実を話し、
涙を見せた。
弱い自分を見せた。


でも、その恋というカンケイは
無残なカタチで終わりを迎えた。


「こわい? なにがこわいん?」

「甘えたら……甘えたら、おらんなってまう。
 わたしは、自分をなくしてまう」


わたしの「弱さ」を知る唯一の存在は、
最後には、
わたしの利用価値のあるところだけを搾取して、
わたしの「弱さ」をすら利用して、
そうして、いなくなった。

わたしは“自分”を失ってしまった。

だから、こわかった……。
甘えて、自分の弱さを見せて、失うのが、こわかった。

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でも、いまならわかるよ。

「甘える」ことと「依存する」こととは違う。
「愛」と「支配・服従」とは違う。

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「成熟した愛は、自分の全体性と個性を保ったままでの結合である。
 愛は人間のなかにある能動的な力である」

 と、エーリッヒ・フロムは著書『愛するということ』のなかで説いています。

そして、愛の能動的な性質をあらわす要素として、
「配慮」「責任」「尊敬」「和」を挙げ、

尊敬とは、その語源(respicere=見る)からもわかるように、人間のありのままの姿を見て、その人が唯一無二の存在であることを知る能力のことである。

尊敬とは、その人がその人らしく成長発展してゆくように気づかうことである。

したがって尊敬には、人を利用するという意味はまったくない。

私は、愛する人が、私のためにではなく、その人自身のために、その人なりのやり方で、成長していってほしいと願う。

誰かを愛するとき、私はその人と一体感を味わうが、あくまでもありのままのその人と一体化するのであって、その人を、私の自由になるような一個の対象にするわけではない。

いうまでもなく、
自分が独立していなければ、人を尊敬することはできない。
つまり、松葉杖の助けを借りずに自分の足で歩け、誰かを支配したり利用したりせずにすむようでなければ、人を尊敬することはできない。
自由であってはじめて人を尊敬できる。

と続けています。

「甘える」というのは、
「依存」でも「支配・服従」でもなく、
「“弱さを見せられる強さ”がある」ってこと。

そこにあるのは、
自立した人間同士の
お互いへの敬意。尊敬の念。

だから、わたしはわたしを失わない。

いまは、そんなふうに思います。

【関連記事】
人に理解を求めるとき ~甘えるということ(3)
甘えるということ
#102 自己愛 ~自分を大切にすること、認めること、愛すること

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入院中のPTSD患者への対応は? ~ご相談メールより

 

 YOさんから、下記のご相談メールをいただきました。

 わたしは、いただくご相談メールのお返事に関しては、おなじような体験をしている方々へシェアするために、可能な限り、ブログ上で公開することをお願いしています。
 今回も、ありがたく匿名での公開をご了承いただきましたので、公開します。

彼女が今、PTSDの治療で入院中です。
7年前位前の事件で、PTSDに発症して以来、ずっと無理して、頑張って来た為に、婦人病、疱疹、その上、PTSDの症状が悪化して、9月初めについに入院してしまいました。
認知療法をしてるのですが、中々、うまく行かない様です。
私とは、メールでしか話せなく、会う事も出来なくなりました。
入院中の励ましメールは、何が適切ですかね。
やっぱり、甘えられない、頼れない、頑張り過ぎの性格なので、中々、治療がが大変みたいです。

 YOさん、あなたの彼女を心から思いやるお気持ちがしっかり伝わってきました。
 さぞご心配なことでしょう。

 しかし、PTSDやうつ病など、心身症や精神疾患の患者と接するとき、まず心がけるべきは「励まそう」と思わないことです。

 励ましは、患者にプレッシャーを与えて焦りをあおることになってしまったり、かえって精神的な負担になってしまいかねないのです。

 あなたのせっかくのお気持ちが、そんなふうな結果を招いてしまっては惜しいですよね。


 まず、専門家・プロフェッショナルである、医師や看護スタッフに「任せる」ことを意識してください
 ましてや、いまは入院中で、彼女は24時間病院に守られているのです。
 そこは安心してください。


 たとえば、プロの精神科医や心療内科医ですら、自分の家族が精神疾患を患ったときには、「自分が精神科・心療内科の医師だから」などとでしゃばることなく、ほかのプロの精神科医・心療内科医にお任せする、と聞きます。
 プロフェッショナルである医師でさえ、そうなのです。


 YOさんと面会できなくなってしまったのは、医師の判断ではありませんか?
 それは彼女に対する治療方針の一環である可能性もあるのではないでしょうか。


 愛するひとに会うこともかなわず、気をもんでしまうのは理解できます。

 ただ、いまは「自分が励まそう」とか、「メールでなにかをしてあげよう」などとは思わずに、医師にお任せすることが大事です。


 認知療法でなかなかうまくいっていないとのことですが、認知療法を含め、精神疾患の治療は、一般のひとたちが期待しているほど、そうそう早くはっきりとした効果が現れるものではないのです。

 患者自身にも焦りがあるだけに、最初は期待値(求める治療効果)になかなか届かないことで「うまくいかない」とかんじてしまう、というのはよくあることです。


 でも、それはただ知らず知らずのうちに、「治療への期待値」が、「現実的に可能な、治療効果の現れるスピード」と比べて高くなりすぎてしまっているにすぎないのです。
 患者にはなかなか自覚できないことですが。わたしだってそうでしたから。


 まだはじめられて1ヶ月半ですよね。
 まだまだ「うまくいっている」「効果が出た」とかんじられるようになるまでには、もっともっと十分な時間が必要です。
 じっくり様子を見てみることです。


 ましてや認知療法というのは、これまで長い時間をかけてつくられてきた思考パターンを変えていく治療法ですから、そうそう簡単にとんとん拍子にうまくいくようなものではありません。


 精神疾患の治療は、基本的に「長い時間がかかるもの」なのです。
 じっくり時間をかけて、焦らず、結果を急がずにいることです。

 そうすればふと気付いたら、いつの間にかよくなっていた――そういうものなのです。


 甘えられない、頼れない、がんばりすぎの性格の女性だとのことですが、認知療法のなかで、そういったところも含めて、治療がなされていく可能性もあるでしょう。


 というわけで、具体的には、YOさんとのメールのやり取りが、主治医の治療方針のなかでどういう位置づけになっているかわからないのですが、あまり出過ぎないほうがよろしいのではとは思います。

 基本的には、まずYOさんから積極的にメールをしていくというよりも、彼女からのメールを待つ姿勢で。
(ただこれまでのYOさんと彼女さんのお付き合いがどういうものだったかにもよるでしょうから、そのあたりは臨機応変にご判断ください)

 甘えられない、頼れない、がんばりすぎの女性なのでしたら、YOさんからメールするとすれば、「調子はどう?」など、さりげなく様子を気にかける内容がいいのではないでしょうか。

 そして、彼女から治療がうまくいかないなど愚痴や悩みのメールが返ってきたとしたら、ひたすらそれを聞いてあげる。

「アドバイスしてあげよう」などと気負わないほうがいいです。
 繰り返しになりますが、彼女にはプロである医師がついているのですから。

 

 厳しいことを言うようですが、周囲の心配は、周囲の人間の自己満足で、空回りするばかりか、患者のためになっていない場合もありますから、そこは注意が必要です。


 あなたの支えがあることは、彼女にとって、とても幸運なことだと思いますよ。^^
 こんなに懸命に彼女のことを想っているのですから。
 彼女もきっと心強いことでしょう。

 YOさんの彼女が解放されるとき、おふたりのお幸せを心からお祈りしています。

【関連記事】
家族がうつ病になったら?(1)ご相談メールより
性犯罪、DV(ドメスティックバイオレンス)、PTSD……傷ついた方たちへ

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[パニック障害・うつ病・PTSD]一時的措置による回復度は……

 

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 先日、一時的に調子を崩していて、その対処として、抗うつ剤や精神安定剤を加えてきたとお話しました。(→記事[パニック障害・うつ病・PTSD]一時的措置

 調子を崩してから約1週間で病院に行き、一時的措置をしてもらって、今日で1週間になります。
 今日は、経過のお話を。

 いまの調子としては、調子を崩す出来事が起こるまえの状態を100としたら、いまの調子は80くらいまで回復してきたな、という実感を持っています。
 調子わるかったときは40くらい。うぅ~ん、30くらいまで下がってたか。


 抗うつ剤だけれど、眠りを深くする作用があるから、と寝るまえにもらって、はじめて飲んだデジレル。効いてるみたい。

 1錠からはじめて効果が弱ければ2錠飲むようにってことでもらってきたのだけれど、はじめは1錠を2日試したところ、眠れるは眠れるけれど、まだ中途覚醒があるな~飲むまえほどの頻度ではないけどー。でも朝はダルイ。。。

 というわけで、そのあと2錠を2日。1日目はイイかんじに眠れた。2日目は、生理周期の関係もあって爆睡(~ ~;

 んなもんで、そのあと1錠に戻し2日。ちょっと眠りすぎ(?)な気もするけれど、もともと睡眠時間がいつもより長くなるカラダの周期にあるのもあって、まぁこんなものかなーと。


 その他、昼間の不安感・不安発作やパニック発作、頭痛は落ち着いています。
 過食もするけれど、ましになってはきたかな。でもこの過食にしても過食をしやすい周期でもあることに気付いた。


 今日は、この事件をテレビ報道で見て、あまりにも卑劣極まりない犯行に、久々にPTSDの症状と思しきが出てしまった。
<強姦>特急内で暴行、容疑の36歳再逮捕 乗客沈黙
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070421-00000074-mai-soci
特急車内で女性暴行=誰も通報せず、36歳男逮捕-大阪
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070422-00000004-jij-soci
特急トイレで女性暴行、36歳男を再逮捕…乗客知らんぷり
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070422-00000312-yom-soci

 性犯罪について、いまは書けなくなってしまっているわけだけれど、ちょろっと書くと、なぜだれも助けなかったのか、通報しなかったのか、と乗客を責めたてる議論はナンセンスで、こういった、前科もわかっているだけで9件もある、同様の罪で仮釈放中にこんな犯罪を繰り返す、このような生来的な脳機能異常が疑われる性犯罪者が、なぜ何度もこのような犯罪を犯しえる状況にいれたのか、というところを議論するべきである。

 通報しなかった乗客の心理については、ニューヨークで、Kitty Genovers事件という強姦殺人事件があって、それについて行われた社会心理学の分析があります。
 まえに、別件でこの分析に触れているので、ご興味のある方はご覧ください。
(⇒「仕事はひとりでやりなさい――チームワークと個人プレイヤーの仕事術」)
新たに記事としてアップしました。
(⇒「特急車内で強姦を繰り返す~ なぜ彼らは通報しなかったのか? 通報しなかった、通報できなかった乗客の心理」)


 いま悩んでいるのは、東京からの来客、わたしの東京への戻りのタイミング、東京での大事な方とのお約束について、調整が必要なのでは、とかんじていること。

「そのときになってみないとわからないこと」は、仮説に基づいて計画を立て、行動に移す。
 のが、わたしのやりかた。

 いまのわたしの体調は、まさに「そのときになってみないとわからないこと」。

 こういう場合、下手に楽観視してしまうよりも、最悪の事態を想定して、その仮説に沿って計画し、動くほうがいい
 過失によってひとさまにご迷惑をおかけしてしまうのは、たいてい計画段階で楽観視してしまっているときだ。
 仮説→計画の段階で悲観的に考えていれば、あとは楽観的に行動できる。

「悲観的に準備して、楽観的に行動する」――弁護士・高井信夫先生の言(ご著書
 をモットーとし、いままでだって、そうしてきた。

 今回も例外なく、そうするべきだろう。

 うん、そうしよう。
 残念なことも心苦しいことも申し訳ないこともあるけれど、もっと申し訳ないことになってしまわないように。

 そうしよう。


【関連記事】
特急車内で強姦を繰り返す~ なぜ彼らは通報しなかったのか? 通報しなかった、通報できなかった乗客の心理
仕事はひとりでやりなさい――チームワークと個人プレイヤーの仕事術
[パニック障害・うつ病・PTSD]一時的措置
[パニック障害・うつ病・PTSD]ちょーしがわるいで・す・YO! & SO! クスリ引き続き一時的増量チュウッ

※参考

続きを読む "[パニック障害・うつ病・PTSD]一時的措置による回復度は……"

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[心の病]完治するのか?

 

 昨日の夕方、ローカル番組で、うつ病で退職し、療養を経て社会復帰をしようとしている人のインタビューが放映されていました。

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 その方は病状がある程度落ち着き(いわゆる「寛解(かんかい)」の状態でしょう)、再就職活動をしているとのこと。

 こうおっしゃっていた。

「再就職活動で“病気は治ったのか?”と聞かれることがつらい。
 自分でもわからないから、それに対して、はっきり答えられないのがつらい。
 ただ言えるのは、“私とあなたがうつ病になるかもしれない度合いは変わらないだろう”ということだ」

 身につまされる言葉でした。

 そうなんだよねー。
 うつ病など、精神疾患が、風邪などの疾患と違う点。
 それは「寛解(かんかい)」という状況の存在。

「寛解」については、All About健康・医療ストレス「心の病で大切な「寛解」というキーワード()()」という、非常にいいコラムを見つけました。
(病気の当事者、ご家族、そうでない方も、ぜひご覧ください!
 心の病は、だれもがかかりうる病気であって、たとえいま心身ともに健康であっても、明日あなたがなるかもしれないし、あなたのご家族やお友だち、同僚がなるかもしれないものなんです。決して他人事ではありません。理解を深めておいて損はありませんよ^^)

 一部、引用してご紹介させていただきます。

たとえば、「うつ病」は誰でもかかる可能性のある病気であるため、「心の風邪」などと言われます。しかし、これはうつ病の特徴を正確に表した例えではないと思います。

風邪の場合、薬を飲んだり休養したりすれば、「完治」できます。こじらせて肺炎などの重篤な病に発展しなければ、長くとも1ヵ月もすれば元の体調に戻れますね。

しかし、先述したように多くの心の病は、回復しても「寛解」の状態であるため、長期化しないように心身のケアをしていく必要があります。そのため、「心の風邪だから」などと軽く考えると、心の病気を理解できなくなってしまいます。

「心の風邪」という例えは、ストレスによって起こる軽いうつや、自律神経の乱れによる体調不良なら妥当でしょう。休養や気分転換、栄養摂取などを心がければ、比較的早く元の状態に戻れるからです。

 そういえば、Yasushiさんが、以前、ブログで「うつ病は心の風邪」という表現について、話題にされていたことがありました。
 こちらの記事です。(Yasushiさん、URLありがとうございます!)

苦痛とはYasushi の 「うつログ」)より

 まさに真理を突いた、非常に的確な内容ですので、ぜひ読んでみてください。
 まわりの理解不足に苦しんでいるあなた、ご家族に読んでもらってください。
 これを読めば、大きく理解が深まるはずです。

「うつ病は心の風邪」というのは、当初は、うつ病も身体的な病気なのだ、ということを表すために言われた言葉でした。
 うつ病が脳内の神経伝達物質の問題である、ということから、精神症状が主症状であるとはいえ、心=気の持ちようなどの問題によってなる病気ではないのだよ、と。

 ただ、それがいまでは曲解されてしまっている感があるのは否めません。


 さて、いまのわたしの状態はというと、まだ寛解とはいえませんが、だいぶその状態に近づいてきた、といったところでしょう。
 そんなわたしが、はっとさせられたのは、以下。

「寛解」という言葉の意味を知ると、がっかりする人も多いでしょう。「完全には治らないのかな」「半病人ってことかしら?」などと思うかもしれません。

こう感じるのは、「このままじゃいけない」「今までの生活に早く戻さなきゃ」という思いがあるからではないでしょうか。

しかし、寛解という状態を理解し、心の病を再発・長期化させないようにするには、その発想を転換させなければなりません。

なぜなら心の病の場合、回復してきて寛解の状態になった頃が、最も注意が必要だからです。

「元気になったから、早く復職しよう」「今までの遅れを取り戻そう」と思って、すぐに元のペースに戻すと、突然病気が再発することが多いのです。そして、一度再発するとさらに再発率は高くなり、長期化しやすくなります。

 うんうん、たしかに……。
「一生治らないのではないか」といたずらに悲観することなく(といっても、悲観してしまうこと自体がうつ病の症状であることがままあって難しいところなんだけれど)、気長に辛抱強く、周囲の協力をしてもらって付き合っていくことですよね。

「こんなビョーキ、自分にはカンケーないさ」と思っている方がいたら、それは大きな間違いだってことを知ってください。

 そして、まわりのだれかが心の病に見舞われたら、正しい理解をもって見てください。
 力を貸すまでにはいかなくとも、まずはまわりの「正しい理解」、これが患者さんにはなによりも必要なんです。どうか正しく理解してください。

 その人の姿は、明日のあなたかもしれないのですから。

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写真:近所の原っぱってかただの空き地なんだけれど、一面にれんげが咲いていて、めっちゃキレイ☆だった~! 写真って内面が現れるけれど、それこそわたしの病状なんて明らかだよね^^;

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寝相心理学

 久々に整体でメンテしてきました。
 肩こり、首のこり、腰痛で。

 しばらく大丈夫だったのに、最近こったり痛くなったりするのはなんでだろ~って考えていたら、ふと思い当たることが。

 寝相。

 なんか最近ヘンなカッコウで寝ていることが多くて、起きたら、カラダのあっちこっちがイタイ、、、

 んで、そんなことがなかった時期のことを振り返って気付いたんだけれど、
ヘンな寝相で寝ているとき=睡眠のリズムが崩れているとき
なんだよね、どーも。わたしの場合。
 最近は明け方にならないと眠れない日なんかが多かった。

 やっぱり睡眠のリズムって大事ねー。


 ところで、寝相を心理学的に分析していた人がいたなぁと思って、検索したら出てきました。
 おもしろいから、ちょっちゅ引用させてもらっちゃう。


 まずひとつめ。メルマガ「ちょっと得する心理学」さんから。

 「王様はあお向けに、賢者は横向きに、金持ちはうつ伏せに寝る」という西洋の諺があるそうです。アメリカの精神分析医サミエル・ダンンケルは多くの面接体験から人の性格や心理状態が寝相に表れることを発見し「スリープポジション」という著書にまとめました。
 その中で彼が発表した代表的な6つの寝相とその心理分析を引用してみました。ただし、一晩の睡眠で20~30回寝返りをうつといわれていますので絶対的というわけではありません。

1.完全な胎児(両手で体を抱きしめて、ひざを曲げた寝姿)
  自分の殻に閉じこもりがちで甘えん坊タイプ 自己防衛本能が強く、心理的な不安を抱えている可能性があるといわれます。

2.半胎児(完全な胎児からリラックス(開放)された寝姿)
  最も一般的な寝姿です。適応能力が高く安定して、バランスの取れた人。ストレスへの対応も上手です。

3.うつぶせ
  几帳面な性格です。物事を自分中心に進めがち。保守的で自分を守る傾向があるため、予期しないことや期待されないことを好まず、時間に正確な人が多い。

4.スフィンクス(正座した状態から足を曲げたままうつぶせになった寝姿)
  眠りを拒否した寝姿。昼の世界に戻りたいと望んでいます。

5.鎖につながれた囚人(両手を縛られたような寝姿)
  何か悩みがある人に多い寝姿で心の不安が現れたものです。

6.王様(大の字)
  自信家、自己中心的な人、解放的で柔軟な精神を持った人が多い。

 もうひとつ。「日本心理教育コンサルティング」さんのサイトから。

☆あなたはどんな寝相で寝ていますか?

●丸まって胎児のように寝る
甘えん坊の性格。依存心が強く、自分自身を解放できず閉鎖的になりがちな面があります。

●ちょっとだけ丸くなって寝る半胎児型
バランスの取れた性格です。社会に対しても柔軟な姿勢で対応できるタイプ。

●うつぶせで寝る
自分の世界にこもりがち。何事もなくすごそうと願うタイプです。

●仰向けで王様のように寝る
非常にオープンな性格で、精神的に安定しています。

●くるぶしを重ねて横に寝る
仕事やがうまく行っていないなど、悩みを抱えている状態の時多くなります。

●ひざまずいてスフィンクスのように寝る
不眠症の人や見られます。

☆あなたの睡眠時間は?

●8時間以上 
どちらかというと悲観的で消極的、細かいことを気にするタイプと言われています。

●6時間以下 
どちらかというと楽観的で活動的、おおらかな人が多いと言われています。 

※ これらはあくまでも統計処理上、こういう傾向があるという程度のことにすぎませんが、今まで仰向けで寝ていた人がある日胎児のように丸くなって寝るようになったら、何か悩みやストレスを抱えているのかもしれません。家族の方の寝相を意識して見ておくことも大切ですね。


……だそーです。


 わたしはキホン「半胎児型」ってやつですね。
 で、睡眠リズムが崩れていたり、ストレスフルだったりするときはうつ伏せになっていることが多いわー。
 で、睡眠時間は短い。3時間+1.5時間昼寝(笑)がキホン。でも最近は6時間くらい寝るようになった。

 てか、なんだよ、この「スフィンクス」って~。こんな寝方するやついるのかーなんて笑っていた。ら、まえに寝ているときに撮られた写真で(てか撮るなよぉ! (`ε´))、何枚かそーいう寝相の写真があったことを思い出した……orz

 あなたのお寝相、いかがですの??^^

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禁煙セラピー

の著者アレン・カー氏が肺がんで逝去
……されたそうです。(そこっ……!^^;)

 ご自身がヘビースモーカーだった経験を活かして、禁煙活動家として活躍してこられた方だったわけだけれど、

「ヘビースモーキングしていると、やめたって肺がんで命を落とすことになるんだよ」

というメッセージを残すことになった……って考えると、最期の最期まで、ご自分の社会的使命をまっとうされたんだなと。

禁煙セラピー』 話題になったので、知っているひとも多いと思うけれど、

 実を言うと、『禁煙セラピー』の力を借りてたばこをやめたひと。
 なんですよ、わたし^^;

 胡散臭いとか眉唾物でしょーって思うひとも多いのはわかっている(わたしもそう思っていた)けど、これまじ話。

 友人が何人か『禁煙セラピー』本でたばこをやめられたって聞いて、半信半疑だったのですが、中身を見てはじめてわかりました。

 これ、心理学で言うところの認知療法が使われていますね。
 ウン、なるほど。これはアリだなと^^

 で、ぴゅあなきもちで、読んだ。
 ぴゅあなきもちというのは、編集者目線では見ないということです^^;

 たばこやめられてよかったことは、めっちゃいっぱいあるけれど、イチバンはじめに思ったのは
「これで白いモノが買える」ということでした(笑)
 インテリアとかね。服もだよ。なにげに黄ばみますから(笑)

 いや、ホント~~~にやめたくてもやめられない矛盾のなかに長年いたので、ホントにやめられてよかったです。感謝です。教えてくれた友だちにも。
 やめてみてはじめて「あ、わたし苦しかったんだ……」ってことに気づきました。

 アレン・カー氏のご冥福をお祈り申し上げます。

 一応、『禁煙セラピー』関連の本をご紹介しておきますです↓

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「やりたい」「できる」「やる」(2)――やる気が起きないときには?(1)‐「やる気」とは

 さて、前回「「やりたい」「できる」「やる」(1)――心の病気が行動に支障をきたすとき」で、精神的な問題が行動を阻害するときのココロとカラダとのカンケイについてお話しました。

 今回はやる気が起きないときにどうすればいいのか、そのヒントについてお話したいと思います。

 やる気が起きないというのは、前回お話した「やりたい」「できる」「やる」の3つのうち、まず「やりたい」の部分に問題が生じている状態ですよね。「やりたい」という意欲がわいてこない。

 そんなとき、どうすればいいのでしょう?
(気分転換をしましょう云々といった話は、ここでは省きますね。)

 あなたはやる気が起きない、つまり「やりたい」という意欲がわいてこないことで困っている。
 どうしてやる気が起きないことが困るのでしょう?
「やりたい」気持ちになれないことがつらいですか? それはいったいなぜでしょう?

 もしかすると、こう思っているからではありませんか?
  ――「やらなければならない」から

 でもね、ここで大事なことです。聞いてくださいね。
 やる気っていうのは、「やりたい」気持ちであって、「やらなければならない」という気持ちではないんです。

 重苦しい義務感犠牲者意識を伴うのが「やらなければならない」。
 ココロが元気をなくしているときの思考回路で思うのが「やらなければならない」。
 そして、「やらなければならない」気持ちは、しばしば自発的な「やりたい」気持ちを阻害します。

 まずは、ここの錯覚に気付いてください。
 もし、あなたが「やらなければならない」という気持ちを抱えたまま「やる気が出ない」と悩んでいるとしたら。
「やる気」の本質は「やりたい」気持ち、でしたね。ということは、あなたの悩みの本質は「やる気が出ないこと」ではなかったわけです。

 もちろん、わたしたち人間には、それぞれ、生きていく上で、担っている義務というものがたしかにあります。
 しかし、そうはいっても、精神的に苦痛で苦痛で仕方ないほどの「やらなければならないこと」って、実はそうあるものではないのです。
 つらい苦しい思いで「やらなければならない」とかんじていることには、どこかにかならず回避できる道があったり、楽な気持ちでやれるようになる方法があったりするものなのです。
 ですから、どうしても嫌々「やらなければならない」という場面に出くわしたら、そういった策を探せばよいのです。

 それでも「やりたい」気持ちがわいてこないとしたら。どんなことにもなにもかもに「やりたい」気持ちがわいてこなかったとしたら。
……というお話を次回にでもしたいと思います。

【関連記事】
「やりたい」「できる」「やる」(1)――ココロの病気が行動に支障をきたすとき

こちらのブログもよろしくね♪的な、ね(笑)。テーマ別に4ブログ運営中です。

大川内 麻里の“人生がより心豊かになる”コトバ 1日1文
SEX-Therapy 【セックスセラピー】 by 大川内 麻里
フリーターから起業した女性経営者が綴る「働くということ」(元フリーター編集者の出版日記)by 大川内 麻里

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「やりたい」「できる」「やる」(1)――精神的なことが行動に支障をきたしはじめるとき

 しょーこりもなく、まーたブログ名変えました。って、みんな知らんか^^;

フリーターから起業した女性経営者、パニック障害になる。+鬱病・PTSD by 大川内 麻里

 ってことで、なんやぎょうぎょうしいかもしれませんが、まぁね、日々の雑感&雑記帖です。それがたまたま長期休暇をとって病気の治療に専念しているわたしが書いているものだ、というだけで。なにもおどろおどろしいことばかりを書き連ねようってつもりではないです、ご安心を!(笑)
 いうてみれば、なんちゃあないです、「病気の人間が書いているブログ」というよりも、むしろ、たまたま書いているひとが病気(の治療過程にある)だってだけで、ね^^
 まーいうても、わたしの趣味のひとつは毒と笑いのネタ探しやしな(笑)そういうのも書くし!
 そんなこんなも含め、治療の経過にある自分が、日々かんじることなんかをつと書き留めておきたいなとね。

 ちなみに、パニック障害・鬱病・PTSDほか、メンタル面の過去記事をお読みになりたい方は、本文の下、日付のあとに『PTSD(心的外傷後ストレス障害)』『パニック障害』『心と体』『鬱病』といったリンクがありますよね。そこをクリックしていただければと思います。
 見苦しい荒れ狂った乱文もありますが、ご容赦を^^;逆にいえば、それだけわるかった人間がだんだん落ち着いてきたということ、もしあなたがおなじような病気の方であるならば、あなたもどんなに苦しくてもつらくても、それが永遠に続くなんてことはないってことです^^

 さて、今回は、パニック障害や鬱病をはじめ、さまざまな精神疾患、あるいは気持ちが落ち込んでいるなど、程度の差はあれどもだれしもにある、所謂“精神的なこと”が、行動に支障をきたしはじめるときについてお話したいと思います。

 そこで、わたしが最近考えている――「やりたい」「できる」「やる」――ということを取り上げてみましょう。

 普段、わたしたち人間は、意識はしていませんが、
あることを「やりたいな」と思って
  ↓
それが「できる」コンディションに、自分の心身があって
  ↓
  ↓
そこではじめて「やる」ことができる

わけです。

 わたしは、
①この3つのどこかひとつ以上にスムーズにいかない部分があってバランスを欠いている
②あるいは、3つの連携がスムーズにいかず、かみあわない

といったときに、ココロがだんだん重くなったり、つらくなってきたりと苦痛を覚えはじめ、やがて行動に支障をきたすようになってくるのだと考えています。
 換言すると、この①②がココロのつらくなるもと、きっかけなのです。

 最近のわたしは、この「やりたい」「できる」「やる」の3つが、それぞれどんな状態にあるのかに気を配るようにしています。
 自分のなかの「やりたい」「できる」「やる」をじっくりと観察すること。
 そうするだけでも、自分のココロの声が聞こえてくるはずですよ^^
 ココロの声が聞こえてくれば、おのずと見えてくるものがあります。そして、「あ、自分はいまココロが疲れているな」といったことに気付くことができ、そうすれば「やりかけの仕事があるけれど、すこし休憩しよう」といったように、どうすればいいのかがわかるのです^^

 ではでは、また次回! お読みいただき、ありがとうございました。

【関連記事】
「やりたい」「できる」「やる」(2)――やる気が起きないときには?(1)‐「やる気」とは

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【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(18)――病院とカウンセリングは別にするべきか?

わたしは、パニック障害治療の権威である、赤坂クリニック貝谷久宣先生のもとで治療を受けている。

そして、自己希望により、カウンセリングも、ここで受けている。
否、受けていた……というべきか。

2回のセッションで、現在は、いったん中止してもらっている状態である。

ある悲しい出来事があって、また外出恐怖が強くなり、病院にもカウンセリングにもいけなくなってしまったのだ。
もともと、電車に乗っていくことはできず、いつもタクシーを使っていたのだが、それすらもできなくなってしまった。

それで、2週間は薬のない状態ですごすことになってしまい、ますます症状は悪化。

メールやブログなどでさえも、「外」だと感じてしまい、怖くて、パソコンも起動できない。仕事など、当然できない。電話の音が怖くて仕方ない。
なにもできない。なにもできない。一日中、ベッドの中でおびえていた。容赦なく襲いかかる恐怖と苦痛に。逃げたくても逃げられない苦しみに。

いま、こうしてブログを書いているということは、回復してきたという印^^

ようやく、彼に付き添ってもらい、病院にいき、診察室にもひとりでは入れずに、彼にいっしょに入ってもらって、さらに、自分では、病状について、ろくに話せなかず、代わりに話してもらった結果だ。
減薬に入っていたというのに、再度、増薬することにもなった。

そのときに思ったことなのだが、病院でカウンセリングも、あわせて受けること、これが、果たして、自分にとってどうなのかということだ。

医師とカウンセラーによる連携がなされるというメリットは、大変大きいものだ。

しかしながら、それこそ、認知の問題で、病院とカウンセリングをイコールで結び付けてしまうと、「あそこ(病院)にいくと、(カウンセリングで)つらいことを話して、向き合わなければならない」となって、診察にさえいけなくなってしまうのではないか?

「向き合っていくこと」を決意したというのに情けない話であるが、精神的な負荷が増し、薬を切らしてしまったこともあって、なにもできない状態に陥ってしまった時期をすごしたのはたしかだ。

【関連記事】
「SOSを出す」
「パニック障害というか鬱病というか解離性人格障害というか」
「パニック障害・治癒過程における苛立ちの正体は?」
「すみません、ちょっと忙しいフリをしていました。」
「再婚します。」
「夢遊病か?」
「無条件降伏だけはしたくない。」
「わたしだって泣きてぇよ。」
「深刻なカウンセラー不足」
「昨日は娘の6歳のお誕生日」
「【パニック障害&鬱病】上手に共存していこう日誌(11)――はじめての減薬に入る」
「【パニック障害&鬱病】上手に共存していこう日誌(12)――久々の発作」
「【パニック障害&鬱病】上手に共存していこう日誌(13)――カウンセリング初回」

「【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(14)――病名に「PTSD」が加わる」
「【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(15)――薬の副作用で血糖値が上がる」
「【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(16)――母・娘、母・娘。そして、喪失体験」
「【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(17)――わたしがカウンセリングの記録をブログにアップするワケ」
「親は子どもに万能感をもたせて育てるべきか? もたせて育てたなら……」

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【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(17)――わたしがカウンセリングの記録をブログにアップするワケ

また一週間寝込んですみません、日付ずらして書いてます。大川内です。

「ねーねー、見て見て、これ~」

彼氏をわたしのパソコンのまえに引っ張っていく。
視線の先には――

一見して、彼は息を飲んで、わたしを振り返る。
「麻里ちゃん、これ書くのつらかったでしょう?」
――わたしのカウンセリングの記録だ。

「カウンセリングで話すことだけでもつらいはずだと思うよ。それを、その上、文章にして書くなんて……」

それでも、わたしには、書く理由がある。

自分の記録としてという意味もあるが、それよりも、イチバンの目的は。
もし、おなじような病気で苦しんでいるひとがいたら、
もし、病院に行くことをためらっているひとがいたら、
もし、カウンセリングを受けようかどうか悩んでいるひとがいたら。

もしかすると、わたしの体験が、なにかの役に立てることがあるかもしれない。

諸刃の剣だと思う。かえって、不安や不信感を与えることもあるかもしれない。

けれど、わたしは、実態を書く。実体験を書く。

ただの一体験者の記録です。

読んでくれるひとには、
これは、ただの一体験者の記録にしかすぎず、
ただし、一体験者の記録ではあることを
念頭に置いて、読んでもらえたらなって思っています。

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2005年はこんな年、あんな年。

2005年も、いよいよ終わりが近づいてきましたね~!
みなさんにとって、この1年はどんな年でしたか~!?

わたしは、いろんなことがあったなぁ……サンフランシスコユニオンスクエアにて、日本より17時間遅れの新年を迎えたことにはじまり。

1月末には、結婚していたころから離婚後まで、約6年間を過ごした杉並の地を離れ、豊島区へ引越し

そして、会社(編集プロダクション)設立

さらに、通信制の大学に編入学し、心理学再勉強し始める……そう、なにげに学生でもあるのだ、わたしは。

その後、鬱病が悪化し(たように見えただけで、後に「パニック障害」であることが判明)、八王子の山奥へ入院。(これとはまた別のアレルギー疾患で、12月にも入院。今年は入院を2度もしている……(ノへ:))
退院後、さらに状態が悪化し、強い外出恐怖から引きこもりとなってしまったため、4月末に一度帰省し、別の精神科に罹ったところ鬱病+「パニック障害」であることが明らかになる。

5月、東京に戻り、仕事をしながら、「パニック障害」という比較的新しい概念(だから、これまでの医師に見逃されてきた)+鬱病との戦いを始める。

夏。この夏1月半ばかりだけで、40人近くを取材・撮影し、原稿を書きまくる
わたしの季節は、ここで止まったままであった、ついこのあいだ、ハードゲイ・クリスマスバージョンを見るまでは。クリスマスイヴの夜に、オーチャードホールで行なわれたコンサートで、ソプラノ歌手であるナタリア・ミロノワ「アヴェ・マリア(エレンの歌 その3 作品52の6,D.839)」(シューベルト)での美しく透き通るような歌声を聴くまでは

9月。3年ぶりの元夫からの電話再婚することを告げられるとともに、親権・看護養育権を元夫がもつ一人娘の華月(かづき)との絶縁を迫られる
小学校入学をまえに、勝手ながら「もうすぐ会えるときがくる」と淡い予感を抱いていた矢先の出来事だった。
「華月が情緒不安定になるから、もうすこし大きくなるまで」といわれて、その日だけを夢見てきた3年半――玉砕

同時に、「華月が情緒不安定になるから」という理由も、もちろんあっただろうが、再婚相手の女性とお付き合いをし始めたことも、わたしと華月を3年半も会わせなかったことの一因であったと知る

パニック障害+鬱病、悪化。
パートナーの理解と支え、そして友だち仕事関係者の方々ネットの向こうの方々みなさんに救われてばかり……ありがとう

1年まえといまとでは、わたしの仕事への関わり方と意識は、かなり変わった。それまでは、変えざるをえないものを断固として変えようとしていなかった
1年まえには、スケジュールはいつもぎっしり詰め込み、限界まで仕事をこなしていた。しかし、それは、ある種の自己満足と変容した甘えでしかなかったと、いまはそう振り返る。

いまは、だいぶラフフレキシブルに考えられるようになってきた。すこしずつだけれど。
1年まえのわたしなら、いまごろ、今年の目標達成率を厳しく自分に突きつけていたところだろう。でも、いまはそんなことはしない。

しかしながら、「プロフェッショナルとして仕事をする」ということには、むかしもいまも、まったく変わりはない
わたしは、これまでもプロフェッショナルとしてプロフェッショナルな仕事をしてきたし、いまもプロフェッショナルとしてプロフェッショナルな仕事をしている。そして、これからもプロフェッショナルとしてプロフェッショナルな仕事をしていく

同時に、パニック障害+鬱病についても、「治そう」と「頑張る」のではなく、「うまく共存していこう」という考え方に変えることができた

まるで憑物が落ちたかのように、いまは本当に気が楽で、でも適度な緊張感があって、充実している

ようやく、最近になって、仕事をしながらも、規則正しい生活と、それに組み込まれた家事もこなせるようになり、生活に潤いと張りが感じられるようになってきた
パートナーには、まさしく1年も待たせてしまって……、ようやくこうなれたこと、申し訳ないけれど、見守ってきてくれたことに、とてもとても感謝している。

あえて、ガチガチに来年の目標をかためようとは思わない。もちろん、事業計画はあっても

しいて、来年の目標を掲げるとすれば、「心豊かに生きたい」ってことかな……。

そんななかで、わたしの手から、今年生まれた本たちを一部ご紹介。(って、「手から生まれた」なんておこがましいですね。執筆や編集をお手伝いさせていただいた本たちの一例です)
 ●「世界でいちばんやさしいお金のつくり方――ネット・オークションでラクラクお金を儲ける方法」(沢木遥 著/ダイヤモンド社
 ●「ありがとう! 次郎」(村﨑太郎 著/ダイヤモンド社
 ●「自分探しの歌(――歌を読む詩集 あゆとサザンで学ぶ詩の世界・シリーズ3巻。ほか「恋の歌」「元気をくれる歌」)」(根元浩 著/金の星社)*全国中学校 国語・総合学習教材に起用。
 ●「HEAVY METAL/HARD ROCK黄金伝説」(伊藤正則ほか 著/宝島社) ほか多数

それから、ブログを始めたこと。これも、今年のわたしをしばしば充実感で満たしてくれるほどの大きな出来事でした。
ブログ再入会(出戻り^^;)したミクシィで、ありがたいご縁をいただくことが多く、ブログを書きながら、またみなさまのブログを拝読させていただきながら、そして、拙文をお読みくださるみなさまと交わす言葉から、わたし自身、さまざまなことを考えさせられて、とても勉強になりました。ありがとうございました。

また、仕事上のご縁「会いたい人には会う!」と決めていたことなどからも、そうですね、今年は「出会い」に大変に恵まれた1年でした。ウン。とってもとっても、ありがたいことです。さまざまなご縁や機会をくださったみなさまに感謝感謝です。

そんなこんなで、みなさま、今年はこんな大川内にお付き合いくださって、本当にありがとうございました。
来年も、よろしくお願いいたしま~す! みなさんにとって、2006年という新しい年が幸せいっぱいの1年でありますよーに……♪(*^^*)

本日のBGM♪ Always Outnumbered, Never Outgunned / PRODIGY
テレビの挿入曲としても、よく使われているPRODIGYの最新アルバム。なかなかの仕上がりです! 発売当初は特にヘビロテで聴いてた♪

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深刻なカウンセラー不足

わたしが重度「パニック障害」「鬱病(パニック障害による二次性の鬱病も含む)」をわずらっていて、パニック障害研究・治療の最先端といわれる赤坂クリニックに通っていることは、このブログに何度も書いているとおり。

中学一年から不登校の兆候が出始め(それにはれっきとした理由があるのだが)、母から病院をたらいまわしにされた後に、かろうじてつけられた病名が「自律神経失調症」免罪符みたいなものだ。

高校受験では、私立高校なら出席日数をごまかせるが、公立高校では無理。
学校にあまりこないが、成績だけは学年1位だったわたしは、出席日数をごまかしてもらって、ある有名私立女子校の特別進学クラスに入学する。

高校一年の冬に不登校は本格化。それとともに、拒食嘔吐不安発作健忘などが悪化、ギブアップしたわたしは「神経症」というネームカードのような病名をつけられて、九州大学医学部付属病院にたたきこまれる

不要な投薬により、「急性薬剤性肝炎」を起こし、危うく死ぬところをまぬがれるも、入院は長期化。

退院後、誰にも気付かれないうちに、助けられてしまわないうちにと、祖母宅で深夜に両手のひらいっぱいの睡眠薬で自殺を図り、生死のあいだをさまようも、神はまだわたしを地に残した

その後、自力で強引に薬物を絶つ病気の症状自体よりも、薬物の身体的依存(=薬の血中濃度が下がることによって出るフラッシュバックや薬がないと眠れないことなど)を断ち切ることの方がつらかった。薬物への精神的な依存はなかった。やめたい一心だった。

高校を中途退学し、大検を受けて進学したのは、日本で唯一の短大の心理学科
精神医学の講義なども、もちろん受講。高校生のころの自分の体験と照らし合わせても、やはり精神医療と心理カウンセリングの連携が、もっとなされるべきだとかんじていた。両者のあいだには、対立構造すらあった。

その後、23歳の離婚前後会社をやめる前後などにも、精神症状はあったのだが、半ば意地を張って&「急性薬剤性肝炎」の体験や高校生のころの自分の治療経験から、「精神科なんて信用できない。投薬治療だけでは意味がない」と断固として病院を頼ることはなかった

   ふーーー。

これまでが、まえおきです(笑)
で、本題。

昨日赤坂クリニックカウンセリングを受けたい旨を医師に伝えたのですよ。
そしたら、「三ヶ月~半年待ち」との返事。それでも一応リストに入れておいてくれるよう頼んだが、まぁ~そんなに半年先の予約までいっぱいになるほどの状況なのに、なんの対処もないのかね?

一応、別のところも紹介先として教えてくれたが、そちらも同様に予約でいっぱいらしい……ダメジャン。

こういう医療施設と連携している心理カウンセラーというのは、日本最大の学会が認定している臨床心理士の資格取得者がカウンセリングにあたっているのだろうが、心理カウンセラーには、いわゆる国家資格のようなものがない

なので、たとえば、わたしが勝手に今日から「大川内心理カウンセリングルーム」みたいなものを立ち上げたって平気。そうだな、一応わたしは心理学の準学士だし、いまも通信制の四大に編入学して心理学を専攻しているから例としてよくないな。

まぁ本当に心理学についてカウンセリングについて、なんの知識も経験もない、人間性として適しているかどうかもわからない、そんなひとが看板立てちゃっても、なんのおとがめもなし、その日から心理カウンセラーになれちゃうわけです。

名乗ったが勝ちの職業なんです、こんな時代のこんな大事な資格なのに

だから、民間の団体が認定するカウンセラースクールみたいなものも、ものすごくたくさんあって、わたしの友人にも、そういったところで大枚をはたいて資格を取ったひとがなんにんかいるけれど、その質は実際のところどうなのかわからない

「心理カウンセリング」と一口にいっても、こういった怖さがあるんですな。
一番高名な学会が認定している臨床心理士の資格試験ですら、特に人間性も見ないような試験なので。怖いですよ。学歴で受験資格が得られて、合格したら、はいお好きなように……って仕組みですからね。
またたとえば産業カウンセラーなら、一般企業で働いた経験がないとだめだろって、わたしは思うんだけれど一般の労働経験のない人間が、たとえば職場の欝どう対処するんですか?

でも、いまのわたしには必要なんだなー、これが。

セルフセラピーでがんばってはきたけれど、精神医療と心理学の知識が下手にある分、また高校生のころから引きずったままだったと考えて通算すると、心の病気キャリア11年だという分、いや、だからこそ、「無理なものは無理!」とわかるわけですよ。
中学生のころからと考えるとキャリア15年、今回カウンセリングを受けたいという目的のメインであるのは、8歳のときにあった性犯罪の被害の克服なんだけれど……そこから徐々にわたしの心はむしばまれていったものだとすると、キャリアはまさに20年(!)にも達する大ベテラン中のベテラン。そりゃあ、ギブアップもするわけですよ。

 限界です。
 幼少期のトラウマ。
 思春期のトラウマ。
 娘のこと。離婚のこと。
  自分では、いかんともしがたいことがわかっているからこそ、カウンセリングを受けたいのです。

日本の心理カウンセリングの仕組みも見直すべきときにきているのでは?
心理カウンセラーは人気職種でもあるけれど、きっと長く続けていくのはきつい仕事だと思うしね。カウンセラーも人間ですから。
第一、心理学の知識がいくらあろうが、人間としてカウンセラーに適していなければだめでしょう。

もっと人間性を見るようなカウンセラー資格(もちろん学歴に関係なく)をつくるべきではないかと、切に思います。

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無条件降伏だけはしたくない。

弱音を吐きます。

公私ともに、パートナーの役に立てず、それどころか、負担ばかりをかけて無理をさせてしまっているわたしがいます。

その解決法第一として、まずパニック障害と鬱病という病気のできる限り早期の完治を目指して治療に励むこと。
第二に、能力として及ばない点は能力向上を目指して、勉強したり、ひとと話したり、さまざまな側面から自分を磨くこと。
第三に、パートナーから求められずとも、自分にできること、やるべきことを察知して実行すること。

無条件降伏はしません
たとえば、自分の能力のなさや病気を言い訳にすること――人間は「できない理由」を探すのには、大変に長けた動物ですが、そんなの所詮は逃げでしょ。わたしは、そんなことは絶対にしない。するつもりもない。

わたしの3つのブログのうちのひとつ「元フリーター編集者の出版日記」「不採用となった出版社からもらった原動力」に書いたけれど、一般的に失敗とされることからも学べることは大いにあるはずだし、わたしはむかしから「生きた反省はするけれど、死んだ後悔はしない」主義で、これまでを生きてきた。

むかし、恋人が、何度もアルバイトの採用試験に落ち続けるのをそばでみていた時期がある。

彼は、毎回「不採用だった」という事実を、そのままただの事実としてしかとらえていないようにみえた。そこから学ぼうとする姿勢などは、一切かんじられなかった。
そうではなく、「事象」としてとらえ、なぜ不採用だったのかを考えること、それは自分にたりないものを知るチャンスでもあるのだからと、わたしはいった。
(わたしが、アドバイスのかたちをとったり、強要したりする、つまり成功者ヅラをして上から押しつけるような物いいをすることは、彼にとって押し付けがましく、また自尊心を傷つけられることだろうと、できるだけ、自分の失敗談などをもちだしたり、冗談を交えたりしながら伝えた。)

不採用となった理由の分析は、すなわち、相手の求めていたものと、自分プレゼン資料(……と、わたしは呼んでいる。このことも「元フリーター編集者の出版日記」に、先々書くつもりでいるが、まぁ平たくいえば、履歴書や職務経歴書、持参した作品、面接などのことだ)とのギャップを考察することであり、それはまた強みも弱みも含めて、自分自身を深く知ることができるので、かならず次の採用試験に活かせるはずだからと。

しかし、彼は一言こういいはなった
(受からないのは)俺がダメ人間だからだろ」

毎回、そう。
彼は、自分の「やらなかった理由」を「できなかった理由」にすりかえて、他人のせいにしてしまう、責任転嫁の天才だった。

矛先は、はじめは痴呆症のおばあさまへ。
やがておばあさまが施設に入って、矛先はまもなく多忙で病気がちのわたしへと向けられた。
そんなとき、彼の弟さんが脳出血で倒れた。幸い、一命はとりとめたものの、半身不随となってしまった。

この時点で、わたしにはすでにみえていた
彼が、今度は障害者となってしまった弟さんを、自分の「できなかった理由」にすることが。「やらなかった理由」を「できなかった理由」にすりかえて、弟さんになすりつけることが。

もう、うんざりだと思った。これ以上、そんなさまを目にしたくはない。そう思った。
そのために、わたしが彼に伝えなければならなかったのは、たった一言だけだった――(荷物をまとめて)すぐに出て行ってください」

一人暮らしの経験がないままに、わたしの部屋にパラサイトしていた(とはいえ、そのなかでもすこしでも自立心をもたせるために、家賃や光熱費など、生活費は折半していたが)彼に、何度も一人暮らしをしてみることを勧めてきた。けれど、彼はわたしの部屋にいつづけた。

「自分の実家が千葉で、都内までは電車代が高いために、なかなか採用されない」といいだしたときには、「なら、ウチに住民票うつしな。履歴書の住所もココにしな」と手を差し伸べた……というのは、あくまでも表面上のことで、彼をなんの言い訳もできない状況に追い込むことで、考えをあらためること、自分を省みること、本当に採用の阻害要因となっているものへの気付きをうながしたかったのだが。

話がだいぶそれてしまった。

公私ともに、パートナーの役に立てず、そればかりか負担ばかりをかけて無理をさせてしまっているわたし。
「ごめんなさい」を繰り返すことも、自信をなくすことも、自責の念に駆られることも、反省することも、落ち込むことも……すべては自分の気持ちを軽くするため、許そうとするための「無条件降伏」にすぎないと思う。

――わたしはしたくない、そんな甘っちょろい無条件降伏だけは。そんな甘っちょろい無条件降伏で、こんな自分を許したくなんかない。

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「起業することが、自分のやりたいことを仕事にする、一番の近道だ」

昨日、こちらのブログの方に書いてしまったのですが、よくよく考えると、一応このブログの方が「27歳起業女子の~」とうたっている限り、このテーマは本来ならばこちらに書くべきだよなと書き直しです。ってこぴぺだけど(笑)

「起業することが、自分のやりたいことを仕事にする、一番の近道だ」とおっしゃる起業家の方がいらっしゃいました。

でも、わたしはかならずしもそうだとは限らないと思うのです。

来春、会社法が改正されます。2005年9月1日に正式成立しました。

「1円起業」と通称されていた、「中小企業挑戦支援法」による、確認有限会社・確認株式会社の制度が、実質上なくなります(資本金が1円のまま継続していいことに)。
当初(資本金の増資が不要になるまえ)、この制度の目に余るほどの現実味のなさに気付かないひともいたんだろうな。考えてもみなさいよ、3年だ5年だって期間で、利益を出しながら、300万だ1000万だというお金を貯めるだなんて。よほどのアタリ事業を見つけでもしないと無理ですよ。
わたしの友人にも何人か、この制度を手放しで喜び、安易に起業しようとするひとがいましたが、さくっといかに現実味がないかを突きつけて差し上げましたら、ひとりも起業に踏み切ったひとはいませんでした。

来春の会社法改正も、国が個人からとれない税金を法人からとるためのものですから、もちろん、安易な起業を促す制度が満載です。

●有限会社と株式会社の統合
●最低資本金制度の撤廃
●確認有限会社・確認株式会社の増資が不要となるに伴う同企業形態の恒久化
●LLC(Limited Liability Company:合同会社)の誕生
(●「有限責任事業組合(LLP)法」/2005年8月1日施行)


わたしは、専属フリーランスを2年半、二束のわらじ的フリーランスを半年、本物のフリーランスを数ヶ月……と経たのちに、もっとも尊敬する編集者/ライターの方とともに有限会社を設立いたしました。

余談ですが、法人化するまえ、否、フリーランスになるまえに、わたしの描いていた将来像は

○27~28歳くらいでフリーランスになる
○32歳くらいで法人化する

こうして、いま振り返ると、3~5年早く目標を達成していますね。

もちろん、フリーランスだ法人化だと、雇用形態というか働き方のスタイルそのものを目標にしてきたのではなく、あくまでも、公私ともに自分のやりたいことを実現するためには、いつなにをどうすればいいかという視点から考えた年齢の目安ですが。

余談ですが、「もっとも尊敬する編集者/ライターの方とともに有限会社を設立」させていただく機会に恵まれたのは、私にとって、望外の喜びでした。もちろん、そうなるまえから、「法人化」というのが頭にありましたから、そのとき、漠とはしながらも、誰といっしょにやろうか、誰にパートナーになっていただこうか、誰にご協力いただこうか――ということを考えていました。そのときに、もちろん、その方のことが、第一に思い浮かびました。けれど、自分のような者が、彼のようなすごい方に認められるわけはない……と弱気になってしまっていたんですね。

しかし、わたしの出版業界に入った原点、そして志すもの、将来的なビジョン、そしてそのためにいま自分はどうあるべきと考えていているのかなどを、お話しさせていただきましたら、思いがけず、二人で力をあわせていこうということに(!)
もう飛び上がらんばかりの嬉しさだったのですが、ここで浮かれてはいけない、きちんと足元を見なくてはと、彼とともに現実をシビアに見つめました

あの、先に一応ことわっておきますが、わたしは決してナポレオン・ヒルのまわしものではありません(笑)。これを前提にしてほしいのですが、
  しかしながらも、「思考は現実化する」というのは本当だ
と思いますね。というより、これは心理学的に説明できてしまうロジックにすぎないのですが。そんな話をしはじめると、キリなく、延々と大学の講義かってな大川内節が展開されていますので、ロジカルな話は避けますね^^;

人間、「こうなりたい」と目標や夢を打ち立てて、それをイメージすれば、いつしか願いは叶うものです。
わたしだって、いまのビジネスパートナーとともに協力しあうことを一瞬でもイメージしたことがなかったら、いまこうなってはいないはずです。やはり、漠然とでも、また自分なんかには無理かもと弱気にでも、夢や目標、将来の自分像を描くことは大切なことです。

そして、自分が何歳のときにとか、何年後にとか、時期を設定しておくんです。そうすると、先述したように、決めた時期よりも早くチャンスはめぐってきます

さて……、

わたしは、いまの働き方が気に入っているし、性にあっていると思っています。
この働き方が、ライフスタイルの一環として、好きなのです。
わたしは、いまの仕事が大好きです。ずっと続けていきたいと思っています。
この仕事で出会うひとたちも、大好きなのです。

でも、それは偶然に自分に適していたというだけのこと。

だから、ここで話を冒頭に戻しますが、「起業することが、自分のやりたいことを仕事にする、一番の近道だ」とおっしゃる起業家の方もいらっしゃいますが、わたしはそうとは限らないと思います。
いいたいことはわかります。たしかに一理あるなというところもあります。

でも、ひとには、それぞれ適性というものがあります。
かならずしも
「自分で会社を興して業務内容にしてしまうこと」=「自分のやりたいことを仕事にすることができる」
とは限らない
んです。

会社を興すことで問われるのは、その仕事自体の実務能力だけではありません

まず、それと同時に、経営者としての度量やセンス、コミュニケーションスキルなどが求められます。会社を興せば、あなたは、その職業人であると同時に「経営者」になるのです。
また、取引先や顧客も含め、その他にも十分な人脈をもっているかどうか、そして事業計画やビジネスモデル、数年、数十年単位の具体的な目標が、起業した時点で用意されていなければなりません。こういったことを用意しておかず、安易に構えていると、まもなく非常に痛い目にあうことになるでしょう。

ですから、会社を興すかどうかは、どこかの会社やお店などで必要十分なほど、その仕事について学んで(アルバイトだろうが契約社員だろうが派遣社員だろうが、雇用形態は関係ありません。本気で学ぶ気になれば、どんな立場であっても学べることはあるはずです。わたしだってアルバイトからはじめたのですから)、自分を磨いてから、そして機が熟するのを待って再検討しても、まったく遅くはないと思うんです。

そのときに、あらためて、本当に起業するのか、フリーランスとして独立するのか、いまいるところに勤め続けるのか、異動願いを出すか、転職するか、アルバイトをするかなど、どの選択が自分にとってベストであるかを検討すればいいと思うんです。安易に起業を目指すまえに、いま置かれている環境をもう一度振り返ってみてほしいと思います。会社勤めと一口にいっても、さまざまな選択肢や形態、業種などがあるのですから。

だから、わたしは「起業することが、自分のやりたいことを仕事にする、一番の近道だ」という考えに、もろ手をあげて賛同する気にはなれないのです。


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欧米と日本の出産・育児観の違い

これも、友だちと話していて聞いたことなのですが、軽くカルチャーショックを受けました。欧米と日本の出産・育児観に対する違いです。

■まずは「出産」
○欧米は無痛分娩がスタンダードなんですって。
○一方、日本では無痛分娩ができる病院は限られています

■そして「出産後」
○日本では7日間入院して母体の一定の回復を待ちますが、
○欧米では3日間(!)で病院を追い出される^^;そうです。

■「新生児期~の育児」
新生児は2~3時間おきにおなかをすかせて泣きます
○日本では「ちょっとわたしの6年まえ当時の育児日記見ます!? いま(編集/執筆)よりも、めっちゃ仕事してまっせ?!(笑)」というほど、毎回対応するので、生後3~4ヶ月くらいになって昼夜のリズムが赤ちゃんにできるまで、母親には寸暇もありません。つまり、産後3~4ヶ月は育児の合間を縫って20分うとうと……くらいがいいところなんですよ。(それ以後も、たとえば昼間にでも外出するようになると、赤ちゃんの未熟な脳には外界の刺激が強すぎるため、延々と夜泣きをすることも。)でも産後7日間の入院中には、たとえば寝過ごしたとしても、看護師さんがミルクをあげてくれるので安心です
てか、いま育児日記を見ていたら、本気で「よくこれで死ななかったなぁおれ……」って思うくらい、ものすんごいタイムスケジュールでした。特に、ウチは「母乳・布オムツ・手作り離乳食」育児で、布オムツは紙おむつのように何回分もおしっこを吸収なんてしないから、ちょくちょく変えて、手洗いしてましたからねぇ。
ところで、わたしが“「母乳・布オムツ・手作り離乳食」で育てた”って話しても、誰も信じてくれないのはなんでなのでしょうか?
○欧米では、「夜は赤ちゃんなんて泣かせておけばいいのよ」って主義(!)なんだそうです。日本のように、3~4ヶ月して昼夜のリズムができるのを待つ……なんて考えはなく、夜はいくら泣こうがなにもしないというのが原則とされているとのことでした。

これは医学の発達具合や価値観の違いでしかないので、どちらがいいかわるいかといった問題ではないと思います。
また比べてみてもわかるように、どちらにも一長一短がありますよね。たとえば、欧米ではわずか3日で病院を追い出されるけれど、その後は夜は泣いたまま放っておいてOKなど。

また、これは育児に正解なんてないことを示唆しているといってもいいでしょう。
所謂、密室育児――育児の悩みを誰にも打ち明けられずにいる母親――、わが子をかわいいと思えない母親、母性神話に基づいて“子どもをかわいいと思えないこと”に罪悪感を抱く母親、そして虐待、やがてはわが子を手にかけてしまう……そうなるまえに。「育児に正解なんがない!」。このことを忘れないでほしいと思います。

むかし、わたしたちの世代が生まれたころのお母さん方(ちょうどわたしの母親などもです)は、医者もまわりも本人も「子どもの分まで、母親は食べなきゃ!」という時代で、妊娠中毒症肥満による難産などもざらでした。
また、当時は「赤ちゃんをだっこしてばかりいると、“抱き癖”がついて、だっこしていないと、ひっきりなしに泣くようになるから、あまりだっこしすぎないこと」と考えられていたのが、いまでは「“抱き癖”なんてものは存在しない。赤ちゃんがだっこしてほしいと泣いているときは、いくらでも愛情を込めてだっこしてあげるべき」といわれています。いまの時代、“抱き癖”なんていおうものなら笑われます。
(↑「いまは」とはいっても、わたしが出産した6年まえを基準にしていますので、また変わっているかもですね)

ただ、産後は赤ちゃんばかりにまわりの目が行きがちですが、産後の母親のセルフケアも大事にすべきです。
日本でも、その意識が高く、産後の母親の心身のセルフケアに取り組んでいらっしゃるワークショップやグループレッスンなどを開いている方も、最近ではいらっしゃいます。(取材させていただいたのですが、6年まえにあれば……と悔やんだこと悔やんだこと)

お母さんが自分を大事にして、愛していなければ、子どものことだって、表面的にはかわいがれるかもしれないけれど、本当の意味で大事に愛しんであげることはできるのかな?

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ベンキョーしてます!

「いや~、今年は病気で入院なんぞしながらも、会社を設立して、大学にも編入学して。つっても会社も大学もつくった、入ったで満足感らしきものを感じていたとしたら、それは絶対に長くは続かないね。会社も大学も」
……なーんて話をすると、みなさんに驚かれるのですが、そうなんです、わたし実は大学生でもあるんです。通信制のね。専攻は短大時とおなじ心理学。3年生に編入学しました。もっと学びたい、たった2年じゃ学びたりない(わたしの行った短大は四大顔負けのカリキュラムで、割としっかりとした学校だったので、ひととおりはやってかじっているんですけどね)って思いがあって。

ちょっとこれまでは勉強の方になかなか手が回らなかったんだけど、というより、たぶんモチベーションの問題でしょうが、まぁとにかく手付かずだったわけですよ。

しかし今日からは勉強の時間を確保するようにします毎日の習慣としてつくられたら理想的だね。ここで宣言します。宣言を破ったときの罰ゲームネタ募集します。

さて、しかしながら、それでオチなしで終わるわけがないのが、わたくしでございます。

とりあえず、レポートを書こうと思いたち、心理学実験の課題を見たら、なーんだ短大で一番はじめに演習でやらされたテーマじゃありませんか。短大のころは毎週毎週、実験・レポートがあってすっごくきついながらも、高校中退して勉強から離れていたわたしにとっては、久々の勉強が楽しくて仕方がなかったんですよー。まぁ勘違いしている人が大多数だと思うけど、学校(こと大学)っつうのは根本的に好きな学問を学ぶ場ですからねぇ、楽しくない方がおかしいのだが。

あぁ話がまた脱線した、そう、そのね、短大のときのレポートノートレジュメ、それからテキスト心理検査に関するモノ専門書卒論、それらはまだ保管していたのですよ。

でね、半年まえ、ここに引越しをするときに、レポートの束を見つけたぞ、これは使えるはずまとめて収納していた……はず、が、そ、れ、が、

いまの大学のテキストを読んだり、課題をクリアしたりすることよりも、なによりも、わたしはそのレポートの束を手にしたかった! そして、いまの大学のレポートに丸写しして提出したかった! ただ、それだけなのに!!

押入れだのいろいろとひっくり返して探すも、らしきものは見つからず。これは自力で(いや短大時のレポートも自力だけどさ)やれと。そういう神からの思し召しかと。ちなみに、わたしは神も仏も信じておりません。ジブン教です。

とにかく諦めかけたわけですよ、短大時の自分に頼ることは。

……と、そのとき。 わたしは見た!
大学のテキストを入れている本棚の横に置かれている紙袋に!

わたしは高鳴る胸をおさえられず、その紙袋を手にして、中身を……

だ!

レだ!!

ポだ!!!

ーだ!!!!

トだぁぁぁ!!!!!!!!

そして、まさに取り掛からんとする課題とおなじテーマの実験レポートを取り出しました。

見ました。

テーマはおなじでも、

実験条件が違うなら

丸写しなんて

できねーよ。

いかんですね、こういうヨコシマな思いで取り組もうとするのはですね。
いや、心の中で、密かに復習のかたちにもなっていいかなって思ったんですってば!

最後に。
そのレポートが入っていた紙袋、“FOLLOW YOUR HEART RECRUIT”って書いてあった。
前任の河野栄子社長、ゴメンナサイ。

※あくまで丸写しはネタです。ヨコシマな思いが微塵もなかったか……と問われると「微塵はありました」ってこたえると思います。

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