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はじめての講演を終えて~(1)半生を語るということ

大川内のはじめての講演
がんばらなくてもいい~ポジネガシンキングのススメ
おかげさまで、無事終えることができました。

わたしの長い療養生活からの本格復帰・第一弾の仕事であり、
はじめての挑戦でもあった、この講演。

無事終えたいま、
さまざまなこと――主催してくださった超ブレイク塾・Nさんとのご縁や
講演でお話した自分の半生など――を思い返し、
深い感慨とともにいます。


まずは、今回「話し手」としては海のものとも山のものともつかないわたしに
はじめてのチャンスという
なにものにもかえがたい貴きものを与えてくださったNさんに、
万感をこめて。ありがとうございました。

そしてお越しくださったみなさん、
わたしの話を最後までお聴きくださり、ありがとうございます。

それからさまざまな事情できたくてもこれない、
それでも「行きたかった」とおっしゃってくださったみなさんにも、
心からの感謝を。


今回の講演について、
自分の思いを書き留めておきたいと思うんだけれども、
幸い、わたしはテーマ別に3つのブログというチャンネルをもっているので、
せっかくだし、ブログ別にいくつかにわけて書こうかと画策しております。


さて、今回の講演でお世話になった、主催の超ブレイク塾・Nさんについては、
ブログ「フリーターの品格」の「自分の本質を理解してくれる人に「自分」を書いてもらう喜び~インタビューにおいて大切なこと & 「本を編集者で選ぶ」という贅沢」でも触れていますが、

たった一度だけ、わずかな時間お話しただけで、
わたしの本質をつかんでくださった(とわたしが思い込んでいる(笑))方です。


先のブログ記事で触れていなかった、
わたしにとって、すごーく印象深かったNさんのお言葉をひとつ。


   「大川内さん、被害者じゃないですか」


わたしが自分の歩んできた道のりについて
つらつらとお話しはじめたとき、
Nさんは一言こうおっしゃったのでした。


その言葉が、ストンと心のなかに落ちてきて。
すーっとね、なにかが引いていくのをかんじました。

あぁ、そうか、と。
わたしは「被害者」だったんだ、と。


たとえばね、今回きたくてもこられなかった方のおひとりから、
「講演の告知文を読んで、
大川内さんがいじめに遭っていたことをはじめて知りました。
そうだったんですね……」
というメールをいただいたのだけれど(びっくりさせちゃってごめんなさいね)

わたしには自分で認めきれていない被害体験がいくつかあります。

いや、それどころか、
「自分がわるいのだ」と自分を責めてすらいる体験が。

(#先日、見るともなしに見ていたテレビ番組で
「性的虐待」を取り扱っていたのですが、
父親から被害を受けた女性が
「自分も共犯者だ」と自分を責めているのを見て、
いたたまれないながらも、
そう思い込んでしまう心理というのは、
わたしも実感をもってよくわかってしまったんですよね)


たとえばね、「いじめ」のことも
自分で「自分はいじめられていた」と認めることができていなかった。
だから、これまでブログなんかでも公開していませんでした。


でも、わたし自身、声高にしてこれまで叫んできたように(ex.2002年とある季刊文藝誌に寄稿させていただいた、社会批評「メディアと女性」などにも書いています→当該部分の抜粋はココの最後のほうに)
「あらゆるトラウマからの回復の第一歩は
まず受けた傷を“正しく”認識すること」だと考えています。


“正しく”認識する、というのは、
つまりは「被害」を「被害」と認識する、ということ。


たとえば「自分がわるい子だから、こんな目に遭ったんだ。自分なんかはこんな目に遭って当然なんだ」とか
先述の「家族内の性被害者が持つ共犯者意識・自責の念」のように、

絶対的に“被害者”であるのにもかかわらず、
そういった認知の歪みを生じてしまっていて、

それが回復の弊害になっていることというのが、
たぶんにあるから。

実際、わたしのなかにもあるから。


だからね、Nさんのかけてくださった、
大川内、あんた被害者じゃないか、という一言は、
すごーくすごーくありがたく貴いもので、

だから、講演でもあそこまで話すことができたんだ、と思いますし、

(講演でなにを話したかは、
対価を払っていらしてくださった方々を保護するため、
もちろんブログでは書きませんが)


だから、終わったあと、Nさんが
「今回話すにあたって、つらいことを思い出させちゃったんじゃないか」
と言ってくださったんですが(ホントさすがだねこのひとは、いやさすがなんだよほんとに)

「たしかにそれ(半生を語るにあたって痛みを伴うこと)はあったけれど、
でもそれは自分にとって必要なプロセスだった。
向き合ういい機会になった」

とお答えしたのであります。


うん、本当にそういう意味でもいい機会を与えていただいたんですよね。
チャレンジしてよかったです、本当に。


それからね、これまで、講演とかテレビ出演とかご依頼いただいても
病気の都合上、辞退させていただかざるをえなかったんです。

でも今回こうして無事はじめての講演を終えることができて、

ここまでこれたのは、
大川内麻里の30年間に関わってくださった、
まわりのみなさん、おひとりおひとりのおかげだと、

感謝の念にたえません。

本当に本当に、みなさん、ありがとうございます。


さて、次はブログ「フリーターの品格」あたりで、
編集者として、今回の講演を振り返りましょうかね。


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[用いられる言葉による犯罪の残虐さの軽視]わたし、こと大川内麻里は、8歳のときに『性犯罪』の被害に遭い、人格と心理的子宮の破壊を受けました。20年を経たいま、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの苦痛を受けています。繰り返します。大川内麻里は、8歳のときに『性犯罪』の被害に遭ったのであって、決して『いたずら』などといった軽い悪ふざけを受けたわけではありません。

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

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