甘えるということ(2)
目にいっぱいためた涙をこらえながら、言った。
「……甘えてまう」
「うん、僕には甘えとる、、やろうねぇ。
それがどうしたんね?」
「……甘えたら、あかん」
「甘えたらあかん、思うてるの?」
「うん」
「なんで?」
「……こわい。」
――入院中、主治医のC先生との会話です。
(病室の窓からの風景。ヤフードーム、シーホーク、福岡タワー、博多タワー、マリノア、福岡サンパレス。
夜になるとその手前に高速道路の光の流線型が。美しかった)
甘えるのが怖かった。
当時を知っている人も、このブログを読んでくれているので、ちょっと気恥ずかしいけれど、
わたしね、中学~高校生のころに本気で恋をしたんです。
一生懸命、真剣に恋をして、
(こういう被害者ぶった言い方は好きじゃないけれど)捨てられた。
そんなに惚れこむほど魅力的な男性だったのかって?
ううん、わるいけど違う。(笑)
わたしはただ逃げ場を求めていたんです。
逃げるようにしてのめりこんだ対象、それを喪失した。
たまたまそれが恋愛、失恋というカタチをとった。それだけ。
重要なのは、
それほどまでに強烈な耐え難い現実があったってこと。
そして、それをだれにも言えなかったってこと。
わたしはまわりの友だちや先生が思うような子じゃなかった。
裕福な家に生まれ、何不自由なく暮らしてきた、
教育熱心な親のもと、成績もトップの優等生で、
あたたかい家庭に育った“いい子”――。
それはたしかにわたしのある側面だったかもしれないけれど、
決してそれがすべてではなかった。
むしろ、正反対の現実のほうが大きくて大きくて、
わたしは押しつぶされそうになっていた。
だれにも見せられない。
だれにも話せない。
それをありのままに打ち明けた唯一の人が、
そのときの恋人だった。
わたしはそのひとにだけ、
自分の身に起きている現実を話し、
涙を見せた。
弱い自分を見せた。
でも、その恋というカンケイは
無残なカタチで終わりを迎えた。
「こわい? なにがこわいん?」
「甘えたら……甘えたら、おらんなってまう。
わたしは、自分をなくしてまう」
わたしの「弱さ」を知る唯一の存在は、
最後には、
わたしの利用価値のあるところだけを搾取して、
わたしの「弱さ」をすら利用して、
そうして、いなくなった。
わたしは“自分”を失ってしまった。
だから、こわかった……。
甘えて、自分の弱さを見せて、失うのが、こわかった。
でも、いまならわかるよ。
「甘える」ことと「依存する」こととは違う。
「愛」と「支配・服従」とは違う。
「成熟した愛は、自分の全体性と個性を保ったままでの結合である。
愛は人間のなかにある能動的な力である」
と、エーリッヒ・フロムは著書『愛するということ
』のなかで説いています。
そして、愛の能動的な性質をあらわす要素として、
「配慮」「責任」「尊敬」「和」を挙げ、
尊敬とは、その語源(respicere=見る)からもわかるように、人間のありのままの姿を見て、その人が唯一無二の存在であることを知る能力のことである。
尊敬とは、その人がその人らしく成長発展してゆくように気づかうことである。
したがって尊敬には、人を利用するという意味はまったくない。
私は、愛する人が、私のためにではなく、その人自身のために、その人なりのやり方で、成長していってほしいと願う。
誰かを愛するとき、私はその人と一体感を味わうが、あくまでもありのままのその人と一体化するのであって、その人を、私の自由になるような一個の対象にするわけではない。
いうまでもなく、自分が独立していなければ、人を尊敬することはできない。
つまり、松葉杖の助けを借りずに自分の足で歩け、誰かを支配したり利用したりせずにすむようでなければ、人を尊敬することはできない。
自由であってはじめて人を尊敬できる。
と続けています。
「甘える」というのは、
「依存」でも「支配・服従」でもなく、
「“弱さを見せられる強さ”がある」ってこと。
そこにあるのは、
自立した人間同士の
お互いへの敬意。尊敬の念。
だから、わたしはわたしを失わない。
いまは、そんなふうに思います。
【関連記事】
「人に理解を求めるとき ~甘えるということ(3)」
「甘えるということ」
「#102 自己愛 ~自分を大切にすること、認めること、愛すること」
* 大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net *
* http://okawauchimari.net/ *
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コメント
甘えることは強いことの裏返し、そう思います。
面白いことに、調べてみると、英語には日本語の「甘える」にぴったり当てはまる言葉がありません。
「甘える」ことは子どものすることと捉えられているようです。
大人が甘えることは、人の好意につけ込む、といったようなネガティブな意味合いで用いられることが多いようです。
欧米では、他人に依存することは恥と考えられていますから、大人が甘えることは恥ずべき事なのかも知れません。
しかし、麻里さんが書かれているように、「弱さを見せられる強さ」はopen-hearted, open-mindedなど、自我を持った大人が取る態度として認知されています。
その通り、弱さを見せることは、野生の動物ではあり得ない。人間だけが持った「強さ」なのだと思います。自分の弱さを見せるのは勇気のいることです。そして、相手が自分にとってその勇気を示すだけの価値のある人間でなければ、出来ないことだと思います。
つまり弱さを見せると言うことは、自分が強くなければできないし、相手もそれに応える価値ある人間でなければできない。双方、自我が確立していなければできないわけで、そこに「依存」や「従属」が入り込む余地はありません。
投稿: Yasushi | 2007年10月24日 (水) 18:11
★Yasushiさん★
フムフムなるほど~と胸にストンと落ちてきました。勉強になります。ありがとうございます。
欧米の個人主義と照らし合わせても、「甘える・甘えを許容する」ことと「甘ったれる・甘やかす」こととは似て非なるものだということがわかりますね。
わたしは自他の境界が未分化なところがあって、それがさまざまなこじれを生んでいることに、入院中のカウンセリングなどを通して気付いたんです。
気付けて、認知を変えることができたから、これからは修練を積んで行動を変えていこう、というところです。^^
投稿: 大川内 麻里 | 2007年10月25日 (木) 20:06
ダリア 2007年10月24日 16:32
すごく共感しました。わたしも人に弱さを見せられるようになって、すっと肩の力が抜けていくのがわかりました。相手に自分を託す勇気を。自分に託された相手を受け止める勇気を。
ことはじめ 2007年10月24日 17:17
あなたがあなたである限り甘えも必要なんです
Erie 2007年10月24日 17:42
「甘える」というのは、
「依存」でも「支配・服従」でもなく、
「“弱さを見せられる強さ”がある」ってこと。
私も共感です。。。
そんな相手を探し続けて・・・もう、この年exclamation & questionあせあせ(飛び散る汗)(笑)
ワヒコ 2007年10月24日 18:12
自分はリアルでは
おおっぴらに生きているのでいろんな人に甘えまくりです
でもあくまで(自分にとっての)建前の域を超えていません
MIXIでは本音で結構甘えていますが
いつかリアルで本音で甘えられる相手が出来るといいな~
大川内 麻里×創藝舎 2007年10月24日 21:53
★ダリアさん★
受け止める側にも勇気が必要ですね。
自立した心に、いつもふたつの勇気をもっていたいものです。
大川内 麻里×創藝舎 2007年10月24日 21:55
★ことはじめさん★
うん、必要ですよね。
自分のアイデンティティを保つのに甘えを排除してしまうのは、ある種、傲慢とも言えるかもしれませんね。
大川内 麻里×創藝舎 2007年10月24日 22:00
★Erieさん★
わ~いコメントありがとう~♪
あのころからもう倍近く年取っちゃってるってビビルよねあせあせ(飛び散る汗)(笑)
わたしはレンアイは相も変わらずしくじってばかりですあせあせあせあせあせあせ
大川内 麻里×創藝舎 2007年10月24日 22:06
★ワヒコさん★
ネットだとリアルより本音でいられるところって、けっこーありますよね。
師でも友だちでも家族でも恋人でもいいんだしね、自分からオープンにしてみることからはじまるんじゃないかな♪^^
*chihiro* 2007年10月25日 03:58
そのエーリッヒ・フロムの著作、中々面白そうですね。私も読んでみようかな^^
「愛」って本当につかみ所の無いものですよね。人それぞれで定義も違うし。ただ、相手を変えようとする・自分が相手の為に変わろうとする、っていうのは本当の愛とは違うと思う人は多いのではないでしょうか。
私も自分の弱さはあまり周りに見せない方なので、パートナーにはこの弱い部分も含めた私を受け止めてくれる人を探す傾向にやはりあります。普段の見えてる部分の私を好きになってくれる人はいっぱいいますが、私が甘えられるなと思える人は意外に少ないものです。というか殆どいないですね~。 chihiroは強い女性だからって相手が甘えてくるケースが多いんですもの・・・ きっと麻里さんも周りには「強い女性」ってラベルを貼られているのでしょうね。
大川内 麻里×創藝舎 2007年10月25日 07:49
★ちひろさん★
フロムの「愛するということ」、すごい名著だよ~! ぜひぜひ読んでみて♪
> 相手を変えようとする・自分が相手の為に変わろうとする、
> っていうのは本当の愛とは違うと思う人は多いのではないでしょうか。
これがさぁわたしは「違うよね」って思うんだけれどね、日本的な古い男女観において美徳とされること、たとえば「尽くす」とかいう言葉にすりかえられて、それを愛と思い込んでいるひとって、けっこー多いんじゃないかなって気がします。
わたしとおなじタイプ発見☆(笑) ちひろさん、わたしもまさにそんなかんじですよー。^^;
わたしは「甘えられるかどうか」は自分の問題が8割がたなんじゃないかって思っていて。
相手が甘えられる相手かどうかということよりも、自分が甘えられるオープンなマインドになれてるかどうか、のほうに重点があると思っていたのね。
でもブログのほうにコメントくださったかたのを読んでいたら、そこもフィフティーフィフティーなんじゃないかって思えてきた。
相手が甘えるに値する、それを受け止める度量のある人格者であるかどうかも、自分が「依存」ではなく確固とした自己をもちつつも「甘える」ことができるか、に勝るとも劣らず重要なファクターかもだなあって。
投稿: コメント(10) | 2007年10月27日 (土) 05:33
「甘える」と「依存」の境界線がわからなくなります。自立していれば、弱さを見せなくてもすむのかも?
弱さを見せなきゃいけないのは、私が自立できていないから、と考えてしまいます。
甘えるときに、彼のことを思ってしまう。甘えるときの私は強くないと思うので、彼に負担をかけてしまうのではと悩んでしまいます。
男の人と女性、両方が強くなければ甘えることって、どちらかにとって依存することになっちゃうんじゃないかって・・・。
恋愛とほかの要素(たとえば私が仕事をしていたり)ということが混ざってくると難しいなって。
お互い自立した人間といっても、私は自立はできてないし、彼に自立しているのが当然と、どこまで自立を当たり前に要求できるんだろうって。
大川内さんの話はなんとなくわかるんですが、でも、“弱さを見せられる強さ”って、何だろうって、思ってしまう恋愛下手なあたしです。
投稿: 裕美 | 2007年10月28日 (日) 04:59
★裕美さん★
裕美さん、はじめまして! コメントありがとうございます^^
裕美さんのお話、よくわかります。なぜってわたしも弱いし甘え下手だし、甘え下手=「甘え」と「依存」あるいは「従属」を混同して、甘えられず、甘えたつもりが依存や服従してしまっていたことがあるから。
自分がそうだから、この文章を書いたんです^^
どんなに自立できた人間でも、弱さってだれにでもあると思うんですね。どんなに強く見える人間だって、そんなに完璧で強い人間なんていない。人間ってそんなに強い生き物じゃないって思うんですね。
でもその弱さをあるがままに受け入れて、それを素直に出すことができる、それってひとつの「強さ」なんじゃないかなって思うんです。
そういう意味で「弱さを見せられる強さ」。
これは恋愛に限らず、家族でも友人でも同僚でも上司でも、あらゆる人間関係においてね。
このテーマについては、続きっていうか、また書こうと思っています。
よかったら、またコメントくださいね。
ぜひまた遊びにいらしてください♪ ありがとうございました、うれしかったです^^
投稿: 大川内 麻里 | 2007年10月28日 (日) 09:19
裕美です。
わかってくれますか!?
ちょっと気持ちが落ち込んだときとかには彼に甘えたいんですけど、そのときにどこまで甘えていいのかなって考えちゃうんです。
「従属」とか「服従(?)」という関係はよくわからないですけど・・・・。(「なにかやれ」とか命令されて従うだけの関係なのかな? それは恋愛とは呼べないような・・・)
私の思いなんですけど、「甘え」って、やっぱり彼に対して依存することだし、彼に迷惑かけたくないというのもあって・・・。
「弱さを見せられる強さ」というのは、たしかにわたしの方からすると「強さ」なのかもしれないけれど、彼に甘えるというときに「強さなんだから」と思えるほど割り切れません。彼も彼で頑張っているので、私はやっぱり甘えるときは考えてしまいます。
「弱さを見せられる強さ」って、弱さを見せたら、彼がそれをサポートするのが当然、義務のような気がして、それを押しつけてしまう気がしてしまって・・・。やっぱり彼も目の前で弱みを見せられたら、重荷に感じるだろうなぁって。
むずかしいですね。恋愛の距離の取り方って。。。。。。
彼の気持ちがわからない。ぜひ今度は、大川内さんと彼との恋愛の距離の取り方とか、大川内さんの彼の立場で書いて欲しいです!
投稿: 裕美 | 2007年10月29日 (月) 20:53