[パニック障害・うつ病・PTSD]「東京に戻れるのか」という不安
メールの書き方も忘れている。
電話での話し方も忘れている。
仕事から離れていると、こんなふうだ。
現場に戻れば、すぐに戻る感覚だとは思うけれど……戻れるのだろうか、という不安がある。
福岡の実家で療養することになって、当初やはり実家にいることの苦痛もあった。10年親元から離れて自分の生活を確立していたら、長期間、実家にいることで居心地がわるくかんじてしまうことも、かえって疲れてしまうこともあるだろう。こと、病気への理解不足もあったしね。
でも、ここで治すことに意味がある。
いつしか、そんなふうに思えるようになった。
自分の病気・病的な性格の形成された場所は、ここにあって(原因をなすりつけているわけじゃなくて、人格形成期にすごした環境ってことでね)、
だから、わたしには苦しくてもここで治すことに意味がある。
だけど、その期間も半年……生活・仕事のの拠点である場所「東京」に戻れるのか不安になってきた。取り残されるような感覚もあるかもしれない。
これはプライベートなことだけれど、年末年始はパートナーが九州に来て、いっしょに別荘ですごす予定にしていた。が、キャンセルに。
わたしが先日の東京邸一時帰宅をした一週間、調子がわるかったこと、帰ってからも疲れが残っていることから、「今回は無理だ」とパートナーが判断したものだ。
もともと別荘ですごそうとしていたのは、家にいると、わたしが「お正月のお節などの支度をしなくては」と、どーしても思ってしまうので、それで負荷をかけてしまわないように、ということだった。
けど、旅館で三食出てくるのならだけれど、なんだかんだやらなきゃいけないことも出てくるだろう。それが負担になるのではないか。
というのが、パートナーの判断。
冷静な判断だったと思う。たしかに、いまのわたしの状態だと難しかったんだろう。
でも、こんなふうな彼との距離も、実は不安材料のひとつ。
二人の生活に戻れるかな……。不安。
生活のなかには調子のいいときもわるいときもある。それでもそばにいる。
いまは基本的に調子のわるいときは離れていて知らない。そばにいない。
ふつうのせいかつ。
「ふつう」なんて言葉、わたしは使わないんだけれど。
ふつうのせいかつ。しごと。
いつかできるのか。いつか戻れるのか。
不安。不安です。
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