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2005年10月の15件の記事

トリビアで紹介されたネガティヴな日本語教本探してます!

先日のトリビア、ご覧になられた方~? いらっしゃいますか~??

はい、どうもどうも~。手を下ろしていただいて結構ですー、はい、どうも~。


えーっと、先日のトリビアで銀の脳(わたし的には金の脳に匹敵)を獲得した

 「ネガティヴな日本語ばかりを教える
 日本語教本がある」


この本、手に入れて見たいんですが、どなたかタイトルなどの情報をお持ちの方、いらっしゃいませんか~?


ご覧になられていない方にご説明申し上げますと、著者東京在住のアメリカ人)いわく
「英語圏のわれわれにとっては、日本語の仮定法が、文法として、とても難しい。(←そうか?! 英語とおなじじゃない??)
なので、日本の文化になじみながら、仮定法の文法を学ぶために、
日本でよく起きがちなシーンを使って、

教本(漫画です)をつくりました」

というのだが……、

大まかにこんなシーンが出てきてストーリーが展開していきました。

込んだ電車のなかで。
「コンデナカッタラ、タノシカッタノニ」
出会ったばかりの女性に、いきなり。
「モシ、カレシガイナカッタラ、ボクノカノジョニナッテクダサーイ」→これがいとも簡単にOKに。
そんなある日、奇怪な男が登場。
「フグヲタベニイキマセンカ?」
ふぐが高価であること、ふぐの毒性を知っている主人公。
「フグハ……アブナイデース」と尻込みするも
その謎の男が
「タカイノダッタラ、アンシンデース」とそそのかす。
そのころ、主人公宅に行く主人公の彼女。“ふぐ屋に行ってくる”旨と店名の書かれたメモを見て、
「アソコノミセハキケンダワ!」
駆けつけるも、そこにはすでにふぐの毒にあたって苦しむ主人公の姿が。
「マクドナルドニイケバヨカッタ……」
主人公、ご臨終。
謎の男の正体は不明のままに終わりました。

これが非常におもしろすぎてですね、それもわずか数年まえの刊行で3万部も売れているというのですよ。書籍、それも語学本で3万部というのは、なかなかすごい数字ですよ。
ということは、すくなくとも3万人の日本語を学ぶ、あるいは日本に在住の英語圏の方々に、間違った日本文化が広まっているというわけですね。(著者、東京在住ならわかるだろう、あんた。

ぜひこの本を入手したいわたしに、どなたかこの本の情報をご存知の方がいらっしゃいましたら、オシエテクダサーイ
版元(出版社)名だけでも知りたいなぁ、編集者としては。もしアルク(語学教育で著名なところ)とかだったら笑うよ(笑)

とにもかくにも、一番ウケタのは、ふぐにあたって絶命する主人公がもらす最期の一言。
「マクドナルドニイケバヨカッタ……」

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昨日は娘の6歳のお誕生日

昨日は娘の6歳のお誕生日でした。

毎年、この日には何某かの文章を残してきました。
一年まえに残した文章には「いまは会えないけれど、いつか必ず会える日がくる――そう信じられる気がした」と、希望を胸に抱いた自分がいた。

今年は……今年は……

ねぇ、「おめでとう、愛してるよ」ってひとが、ひとり多いのは余計なの?
遠くからでも、いつも想っている、そんな存在がひとり多いことは許されないことなの?


【関連記事】
再婚します。
わたしだって泣きてぇよ。

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【読者のみなさまへ、ご了承いただきたく!】編集者の推薦本

えーっと、わたしの3つのブログ
 ●SEX-Therapy【セックスセラピー】
 ●元フリーター編集者の出版日記
 ●27歳起業女子の一言、二言、いや三言くらい言わせてよ。
すべてについて、ひとつ共通のお知らせがあります。

Amazonさんが、「Amazonライブリンク」というサービスをはじめました。

これは、記事に関連するキーワードを入力すると、Amazonさんが、それに適した人気商品をピックアップしてきてリンクしてくれるというものです。
すでにわたしのブログの各記事の最下部に「Amazon.co.jp トップセラー」と書かれたリンクバナーがありますが、それがAmazonさんがわたしの入力したキーワードに適切だと思ってピックアップしてきてくれた本です。(その他のAmazonさんの商品もリンクできるのですが、現段階では、まだとりあえず試験的に本のみにしています)

以前からサイドバーに表示させている「書籍編集者、推薦! よりよいセックスとよりよい生き方を手に入れるためのBOOKリスト」は、その名のとおりというか、「大川内責任特選! オススメBOOKリスト」(←「デイブ責任取材スターまる見えちゃんのぅぇ~る」を意識したことに気付いてくれたひとがいらっしゃいましたでしょうか……)、あるいはわたしが編集や執筆をした本(笑)です。

ごめんなさい、いまレビューを書かずに掲載だけしているものは、①まだ読んでいる最中のもの(だけど書店でナナメ読みをしてオッケ~と思った本や、わたしが社長や編集長、編集者と懇意にしていただいており、「このひとの編集した本なら、いいはず!」というもの)②読んだのがずいぶんまえすぎて、どんな本だったっけ?とぱっと思い出せないものです^^;ただいい本だった、オススメできる本だったという記憶だけはたしかです)
それらのレビューも、おいおい書きますね。おいおい……。

そういったレビューをしつつも、今回「Amazonライブリンク」を取り入れたのは、わたしが読んでいない、買っていない本でも、記事に関連することで役立ちそうな場合も、そりゃあるだろうよってことで、そういった本をみなさんにご紹介できればと思ったからです。

★ただこの「Amazonライブリンク」には、一点だけ注意事項があります。
「Amazonライブリンク」は、リンク商品がランダムに切り替わっていくようになっているんですね。
なので、どの本が紹介されるかは、わたしが完全には把握できないようになっています。ですので、わたしがキーワードを入れて、より適切なものが表示されるようになっているとはいえ、たま~に、わたしの意図せぬものが混在されるリスクがあるんですね^^;

なので、もしそういったものが混在してしまったときには、たとえば大川内の品格を疑ったり、脳内構造を怪しんだり、編集者としてのセンスを疑ったりせずに、えーっと笑ってさっくり許してください(笑)
それから、もしウケるものを目撃した場合には「こんなもん表示されてましたっせ、ねぇやん」と、ネタをコメントしてください(笑)

ってことで、よろしくでっす~♪

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深刻なカウンセラー不足

わたしが重度「パニック障害」「鬱病(パニック障害による二次性の鬱病も含む)」をわずらっていて、パニック障害研究・治療の最先端といわれる赤坂クリニックに通っていることは、このブログに何度も書いているとおり。

中学一年から不登校の兆候が出始め(それにはれっきとした理由があるのだが)、母から病院をたらいまわしにされた後に、かろうじてつけられた病名が「自律神経失調症」免罪符みたいなものだ。

高校受験では、私立高校なら出席日数をごまかせるが、公立高校では無理。
学校にあまりこないが、成績だけは学年1位だったわたしは、出席日数をごまかしてもらって、ある有名私立女子校の特別進学クラスに入学する。

高校一年の冬に不登校は本格化。それとともに、拒食嘔吐不安発作健忘などが悪化、ギブアップしたわたしは「神経症」というネームカードのような病名をつけられて、九州大学医学部付属病院にたたきこまれる

不要な投薬により、「急性薬剤性肝炎」を起こし、危うく死ぬところをまぬがれるも、入院は長期化。

退院後、誰にも気付かれないうちに、助けられてしまわないうちにと、祖母宅で深夜に両手のひらいっぱいの睡眠薬で自殺を図り、生死のあいだをさまようも、神はまだわたしを地に残した

その後、自力で強引に薬物を絶つ病気の症状自体よりも、薬物の身体的依存(=薬の血中濃度が下がることによって出るフラッシュバックや薬がないと眠れないことなど)を断ち切ることの方がつらかった。薬物への精神的な依存はなかった。やめたい一心だった。

高校を中途退学し、大検を受けて進学したのは、日本で唯一の短大の心理学科
精神医学の講義なども、もちろん受講。高校生のころの自分の体験と照らし合わせても、やはり精神医療と心理カウンセリングの連携が、もっとなされるべきだとかんじていた。両者のあいだには、対立構造すらあった。

その後、23歳の離婚前後会社をやめる前後などにも、精神症状はあったのだが、半ば意地を張って&「急性薬剤性肝炎」の体験や高校生のころの自分の治療経験から、「精神科なんて信用できない。投薬治療だけでは意味がない」と断固として病院を頼ることはなかった

   ふーーー。

これまでが、まえおきです(笑)
で、本題。

昨日赤坂クリニックカウンセリングを受けたい旨を医師に伝えたのですよ。
そしたら、「三ヶ月~半年待ち」との返事。それでも一応リストに入れておいてくれるよう頼んだが、まぁ~そんなに半年先の予約までいっぱいになるほどの状況なのに、なんの対処もないのかね?

一応、別のところも紹介先として教えてくれたが、そちらも同様に予約でいっぱいらしい……ダメジャン。

こういう医療施設と連携している心理カウンセラーというのは、日本最大の学会が認定している臨床心理士の資格取得者がカウンセリングにあたっているのだろうが、心理カウンセラーには、いわゆる国家資格のようなものがない

なので、たとえば、わたしが勝手に今日から「大川内心理カウンセリングルーム」みたいなものを立ち上げたって平気。そうだな、一応わたしは心理学の準学士だし、いまも通信制の四大に編入学して心理学を専攻しているから例としてよくないな。

まぁ本当に心理学についてカウンセリングについて、なんの知識も経験もない、人間性として適しているかどうかもわからない、そんなひとが看板立てちゃっても、なんのおとがめもなし、その日から心理カウンセラーになれちゃうわけです。

名乗ったが勝ちの職業なんです、こんな時代のこんな大事な資格なのに

だから、民間の団体が認定するカウンセラースクールみたいなものも、ものすごくたくさんあって、わたしの友人にも、そういったところで大枚をはたいて資格を取ったひとがなんにんかいるけれど、その質は実際のところどうなのかわからない

「心理カウンセリング」と一口にいっても、こういった怖さがあるんですな。
一番高名な学会が認定している臨床心理士の資格試験ですら、特に人間性も見ないような試験なので。怖いですよ。学歴で受験資格が得られて、合格したら、はいお好きなように……って仕組みですからね。
またたとえば産業カウンセラーなら、一般企業で働いた経験がないとだめだろって、わたしは思うんだけれど一般の労働経験のない人間が、たとえば職場の欝どう対処するんですか?

でも、いまのわたしには必要なんだなー、これが。

セルフセラピーでがんばってはきたけれど、精神医療と心理学の知識が下手にある分、また高校生のころから引きずったままだったと考えて通算すると、心の病気キャリア11年だという分、いや、だからこそ、「無理なものは無理!」とわかるわけですよ。
中学生のころからと考えるとキャリア15年、今回カウンセリングを受けたいという目的のメインであるのは、8歳のときにあった性犯罪の被害の克服なんだけれど……そこから徐々にわたしの心はむしばまれていったものだとすると、キャリアはまさに20年(!)にも達する大ベテラン中のベテラン。そりゃあ、ギブアップもするわけですよ。

 限界です。
 幼少期のトラウマ。
 思春期のトラウマ。
 娘のこと。離婚のこと。
  自分では、いかんともしがたいことがわかっているからこそ、カウンセリングを受けたいのです。

日本の心理カウンセリングの仕組みも見直すべきときにきているのでは?
心理カウンセラーは人気職種でもあるけれど、きっと長く続けていくのはきつい仕事だと思うしね。カウンセラーも人間ですから。
第一、心理学の知識がいくらあろうが、人間としてカウンセラーに適していなければだめでしょう。

もっと人間性を見るようなカウンセラー資格(もちろん学歴に関係なく)をつくるべきではないかと、切に思います。

【関連記事】
「SOSを出す」
「パニック障害というか鬱病というか解離性人格障害というか」
「パニック障害・治癒過程における苛立ちの正体は?」
「すみません、ちょっと忙しいフリをしていました。」
「再婚します。」
「夢遊病か?」
「無条件降伏だけはしたくない。」
「わたしだって泣きてぇよ。」
「昨日は娘の6歳のお誕生日」
「【パニック障害&鬱病】上手に共存していこう日誌(11)――はじめての減薬に入る」
「【パニック障害&鬱病】上手に共存していこう日誌(12)――久々の発作」
「【パニック障害&鬱病】上手に共存していこう日誌(13)――カウンセリング初回」

「【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(14)――病名に「PTSD」が加わる」
「【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(15)――薬の副作用で血糖値が上がる」
「【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(16)――母・娘、母・娘。そして、喪失体験」
「【パニック障害&鬱病&PTSD】上手に共存していこう日誌(17)――わたしがカウンセリングの記録をブログにアップするワケ」

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わたしが早起きだって信じます?

わたしが早起きって信じます?
わたしが一日のうち朝の2時間くらいしか仕事してないって信じます?

だいたいこの時間には起きてますねー。
で、やることはさくさくっとやって朝9時にはまったりモードに。
取引先の版元さんは10時出社のところが多いので、それ以降の時間はお相手さまにあわせてってかんじで仕事してます。

要はこういうことですよ(笑)

この本を読んだのが、ちょうど完全フリーランスになりたてのころで。やってみたら、驚くほど仕事の効率アップ。決断力アップ。
また心身ともにいいみたいですね。鬱病やパニック障害にも実際いいらしい、医師いわく。それは実感してます。

会社のデスクにへばりついて遅くまで仕事して、朝まで新宿三丁目で飲み歩いたり、ダーツをして歩いたりしていたころがうそみたいですね。

でも、たまには飲み歩きたいしダーツもしたいけど(笑)

完全フリーランスになりたてのころは、時間の活用、セルフマネジメントが、まず第一だろうと、いろいろと勉強しましたねー。膨大な量の本を読んだし。
そのうち、よかったものは、このブログの左バーに紹介してます。

まず買ったのは、一番自分にとって使いやすくて愛せる赤いDavinciのA5版の手帳ToDo用のメモ帳。+いまは思いつきほか用の切り取りメモ帳も。それらはA7サイズで、なにはなくとも忘れはしないシガレットケース内に常備(笑)。あと4色ボールペンね。手帳にさしてあるのは、わたしらしくYSLのボールペン(高校生のときから愛用)なんだけどさ(笑)。

あと、熊谷社長もとい境社長には、大変お世話になっております^^ゝ
「一冊の手帳で夢は必ずかなう」 「情報整理術 クマガイ式」

「忙しい、忙しい」ってただの口癖になっていませんか?
わたしは忙しくてテンパるのは嫌いなので(笑)、非効率、非生産的なことは嫌いです。
だから、できるだけ、仕事は前倒しで余裕をもって片付けたいのです。

まぁそんなこんなで、目覚ましが鳴っても鳴り続けても意地でも起きてやるもんか的な夜行性動物だったわたしが、いまでは(体調のわるいとき……先週一週間はだめだめだったなー。今朝もちびっと風邪が残っています……ぐすっ)、あら不思議、(一応6時にセットはしているが)目覚ましいらずで、勝手に起きちゃうんですねぇ。


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わたしだって泣きてぇよ。

9月13日(火)朝 元夫から3年ぶりのメール。「報告したいことがあるので、電話番号を教えてください」

9月13日(火)夜 元夫から3年ぶりの電話。予想どおり、報告したいこととは「再婚します。できれば娘(華月)とは、これで絶縁してください」

10月1日(土)  ようやく、このことを日記に書ける状態にまで回復。

10月3日(月)  元夫元姑に宛てて、手紙を書く。

……わたしだって、泣きたいよ。

【関連記事】
「再婚します。」
「昨日は娘の6歳のお誕生日」

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シークレットバトン

ひいらぎさんに「ちょうだい♪」してきましたシークレットバトンです!

Q1
全体的にたーっぷりなめたあと、あとはおしゃぶりみたいにくわえちゃいます。

Q2
残念! そこまで器用ではないのだ!!

Q3
ひとくち、ふたくちなら……。
オエ~ってかんじだけど、お肌にいいっていうし……。

Q4
ていうか、勝負できないものなんてないね♪ ~~y( ̄д ̄*)タバコ、ぷっか~。

Q5
白い! ぬるいとだめ! 実はアレルギーなんだって……でも大好きなの♪

Q6
え~~~、Sに決まってるじゃんっ!! わたしを知っているみんなならわかるはずぅ。

Q7
13㎝くらい??

Q8
半日以上!! 東京⇔福岡の遠距離LOVEで。若かったなぁ~……。

Q9
たたないよぉーん。

Q10
まえだね! ウン、まえまえ。まえの方が安心、落ち着く。

Q11
消しちゃう! 真っ暗にする! んじゃなきゃだめだめぇ~!!

Q12
ライトハンドオンリーですわっ。

Q13
洗うよ~、もちろんっ。

Q14
うさぎ?(笑)

Q15 バトンまわすひと
R社関連代表:シュガー・ドラゴン兄
M大学代表:モンタナさん
定例フォー代表:ダイスケさん
T社関連代表:たか@Kさんriko

白羽の矢を立てました。よろしくっす!!!!
その他、やりたいひといたら、立候補してね♪

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無条件降伏だけはしたくない。

弱音を吐きます。

公私ともに、パートナーの役に立てず、それどころか、負担ばかりをかけて無理をさせてしまっているわたしがいます。

その解決法第一として、まずパニック障害と鬱病という病気のできる限り早期の完治を目指して治療に励むこと。
第二に、能力として及ばない点は能力向上を目指して、勉強したり、ひとと話したり、さまざまな側面から自分を磨くこと。
第三に、パートナーから求められずとも、自分にできること、やるべきことを察知して実行すること。

無条件降伏はしません
たとえば、自分の能力のなさや病気を言い訳にすること――人間は「できない理由」を探すのには、大変に長けた動物ですが、そんなの所詮は逃げでしょ。わたしは、そんなことは絶対にしない。するつもりもない。

わたしの3つのブログのうちのひとつ「元フリーター編集者の出版日記」「不採用となった出版社からもらった原動力」に書いたけれど、一般的に失敗とされることからも学べることは大いにあるはずだし、わたしはむかしから「生きた反省はするけれど、死んだ後悔はしない」主義で、これまでを生きてきた。

むかし、恋人が、何度もアルバイトの採用試験に落ち続けるのをそばでみていた時期がある。

彼は、毎回「不採用だった」という事実を、そのままただの事実としてしかとらえていないようにみえた。そこから学ぼうとする姿勢などは、一切かんじられなかった。
そうではなく、「事象」としてとらえ、なぜ不採用だったのかを考えること、それは自分にたりないものを知るチャンスでもあるのだからと、わたしはいった。
(わたしが、アドバイスのかたちをとったり、強要したりする、つまり成功者ヅラをして上から押しつけるような物いいをすることは、彼にとって押し付けがましく、また自尊心を傷つけられることだろうと、できるだけ、自分の失敗談などをもちだしたり、冗談を交えたりしながら伝えた。)

不採用となった理由の分析は、すなわち、相手の求めていたものと、自分プレゼン資料(……と、わたしは呼んでいる。このことも「元フリーター編集者の出版日記」に、先々書くつもりでいるが、まぁ平たくいえば、履歴書や職務経歴書、持参した作品、面接などのことだ)とのギャップを考察することであり、それはまた強みも弱みも含めて、自分自身を深く知ることができるので、かならず次の採用試験に活かせるはずだからと。

しかし、彼は一言こういいはなった
(受からないのは)俺がダメ人間だからだろ」

毎回、そう。
彼は、自分の「やらなかった理由」を「できなかった理由」にすりかえて、他人のせいにしてしまう、責任転嫁の天才だった。

矛先は、はじめは痴呆症のおばあさまへ。
やがておばあさまが施設に入って、矛先はまもなく多忙で病気がちのわたしへと向けられた。
そんなとき、彼の弟さんが脳出血で倒れた。幸い、一命はとりとめたものの、半身不随となってしまった。

この時点で、わたしにはすでにみえていた
彼が、今度は障害者となってしまった弟さんを、自分の「できなかった理由」にすることが。「やらなかった理由」を「できなかった理由」にすりかえて、弟さんになすりつけることが。

もう、うんざりだと思った。これ以上、そんなさまを目にしたくはない。そう思った。
そのために、わたしが彼に伝えなければならなかったのは、たった一言だけだった――(荷物をまとめて)すぐに出て行ってください」

一人暮らしの経験がないままに、わたしの部屋にパラサイトしていた(とはいえ、そのなかでもすこしでも自立心をもたせるために、家賃や光熱費など、生活費は折半していたが)彼に、何度も一人暮らしをしてみることを勧めてきた。けれど、彼はわたしの部屋にいつづけた。

「自分の実家が千葉で、都内までは電車代が高いために、なかなか採用されない」といいだしたときには、「なら、ウチに住民票うつしな。履歴書の住所もココにしな」と手を差し伸べた……というのは、あくまでも表面上のことで、彼をなんの言い訳もできない状況に追い込むことで、考えをあらためること、自分を省みること、本当に採用の阻害要因となっているものへの気付きをうながしたかったのだが。

話がだいぶそれてしまった。

公私ともに、パートナーの役に立てず、そればかりか負担ばかりをかけて無理をさせてしまっているわたし。
「ごめんなさい」を繰り返すことも、自信をなくすことも、自責の念に駆られることも、反省することも、落ち込むことも……すべては自分の気持ちを軽くするため、許そうとするための「無条件降伏」にすぎないと思う。

――わたしはしたくない、そんな甘っちょろい無条件降伏だけは。そんな甘っちょろい無条件降伏で、こんな自分を許したくなんかない。

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「起業することが、自分のやりたいことを仕事にする、一番の近道だ」

昨日、こちらのブログの方に書いてしまったのですが、よくよく考えると、一応このブログの方が「27歳起業女子の~」とうたっている限り、このテーマは本来ならばこちらに書くべきだよなと書き直しです。ってこぴぺだけど(笑)

「起業することが、自分のやりたいことを仕事にする、一番の近道だ」とおっしゃる起業家の方がいらっしゃいました。

でも、わたしはかならずしもそうだとは限らないと思うのです。

来春、会社法が改正されます。2005年9月1日に正式成立しました。

「1円起業」と通称されていた、「中小企業挑戦支援法」による、確認有限会社・確認株式会社の制度が、実質上なくなります(資本金が1円のまま継続していいことに)。
当初(資本金の増資が不要になるまえ)、この制度の目に余るほどの現実味のなさに気付かないひともいたんだろうな。考えてもみなさいよ、3年だ5年だって期間で、利益を出しながら、300万だ1000万だというお金を貯めるだなんて。よほどのアタリ事業を見つけでもしないと無理ですよ。
わたしの友人にも何人か、この制度を手放しで喜び、安易に起業しようとするひとがいましたが、さくっといかに現実味がないかを突きつけて差し上げましたら、ひとりも起業に踏み切ったひとはいませんでした。

来春の会社法改正も、国が個人からとれない税金を法人からとるためのものですから、もちろん、安易な起業を促す制度が満載です。

●有限会社と株式会社の統合
●最低資本金制度の撤廃
●確認有限会社・確認株式会社の増資が不要となるに伴う同企業形態の恒久化
●LLC(Limited Liability Company:合同会社)の誕生
(●「有限責任事業組合(LLP)法」/2005年8月1日施行)


わたしは、専属フリーランスを2年半、二束のわらじ的フリーランスを半年、本物のフリーランスを数ヶ月……と経たのちに、もっとも尊敬する編集者/ライターの方とともに有限会社を設立いたしました。

余談ですが、法人化するまえ、否、フリーランスになるまえに、わたしの描いていた将来像は

○27~28歳くらいでフリーランスになる
○32歳くらいで法人化する

こうして、いま振り返ると、3~5年早く目標を達成していますね。

もちろん、フリーランスだ法人化だと、雇用形態というか働き方のスタイルそのものを目標にしてきたのではなく、あくまでも、公私ともに自分のやりたいことを実現するためには、いつなにをどうすればいいかという視点から考えた年齢の目安ですが。

余談ですが、「もっとも尊敬する編集者/ライターの方とともに有限会社を設立」させていただく機会に恵まれたのは、私にとって、望外の喜びでした。もちろん、そうなるまえから、「法人化」というのが頭にありましたから、そのとき、漠とはしながらも、誰といっしょにやろうか、誰にパートナーになっていただこうか、誰にご協力いただこうか――ということを考えていました。そのときに、もちろん、その方のことが、第一に思い浮かびました。けれど、自分のような者が、彼のようなすごい方に認められるわけはない……と弱気になってしまっていたんですね。

しかし、わたしの出版業界に入った原点、そして志すもの、将来的なビジョン、そしてそのためにいま自分はどうあるべきと考えていているのかなどを、お話しさせていただきましたら、思いがけず、二人で力をあわせていこうということに(!)
もう飛び上がらんばかりの嬉しさだったのですが、ここで浮かれてはいけない、きちんと足元を見なくてはと、彼とともに現実をシビアに見つめました

あの、先に一応ことわっておきますが、わたしは決してナポレオン・ヒルのまわしものではありません(笑)。これを前提にしてほしいのですが、
  しかしながらも、「思考は現実化する」というのは本当だ
と思いますね。というより、これは心理学的に説明できてしまうロジックにすぎないのですが。そんな話をしはじめると、キリなく、延々と大学の講義かってな大川内節が展開されていますので、ロジカルな話は避けますね^^;

人間、「こうなりたい」と目標や夢を打ち立てて、それをイメージすれば、いつしか願いは叶うものです。
わたしだって、いまのビジネスパートナーとともに協力しあうことを一瞬でもイメージしたことがなかったら、いまこうなってはいないはずです。やはり、漠然とでも、また自分なんかには無理かもと弱気にでも、夢や目標、将来の自分像を描くことは大切なことです。

そして、自分が何歳のときにとか、何年後にとか、時期を設定しておくんです。そうすると、先述したように、決めた時期よりも早くチャンスはめぐってきます

さて……、

わたしは、いまの働き方が気に入っているし、性にあっていると思っています。
この働き方が、ライフスタイルの一環として、好きなのです。
わたしは、いまの仕事が大好きです。ずっと続けていきたいと思っています。
この仕事で出会うひとたちも、大好きなのです。

でも、それは偶然に自分に適していたというだけのこと。

だから、ここで話を冒頭に戻しますが、「起業することが、自分のやりたいことを仕事にする、一番の近道だ」とおっしゃる起業家の方もいらっしゃいますが、わたしはそうとは限らないと思います。
いいたいことはわかります。たしかに一理あるなというところもあります。

でも、ひとには、それぞれ適性というものがあります。
かならずしも
「自分で会社を興して業務内容にしてしまうこと」=「自分のやりたいことを仕事にすることができる」
とは限らない
んです。

会社を興すことで問われるのは、その仕事自体の実務能力だけではありません

まず、それと同時に、経営者としての度量やセンス、コミュニケーションスキルなどが求められます。会社を興せば、あなたは、その職業人であると同時に「経営者」になるのです。
また、取引先や顧客も含め、その他にも十分な人脈をもっているかどうか、そして事業計画やビジネスモデル、数年、数十年単位の具体的な目標が、起業した時点で用意されていなければなりません。こういったことを用意しておかず、安易に構えていると、まもなく非常に痛い目にあうことになるでしょう。

ですから、会社を興すかどうかは、どこかの会社やお店などで必要十分なほど、その仕事について学んで(アルバイトだろうが契約社員だろうが派遣社員だろうが、雇用形態は関係ありません。本気で学ぶ気になれば、どんな立場であっても学べることはあるはずです。わたしだってアルバイトからはじめたのですから)、自分を磨いてから、そして機が熟するのを待って再検討しても、まったく遅くはないと思うんです。

そのときに、あらためて、本当に起業するのか、フリーランスとして独立するのか、いまいるところに勤め続けるのか、異動願いを出すか、転職するか、アルバイトをするかなど、どの選択が自分にとってベストであるかを検討すればいいと思うんです。安易に起業を目指すまえに、いま置かれている環境をもう一度振り返ってみてほしいと思います。会社勤めと一口にいっても、さまざまな選択肢や形態、業種などがあるのですから。

だから、わたしは「起業することが、自分のやりたいことを仕事にする、一番の近道だ」という考えに、もろ手をあげて賛同する気にはなれないのです。


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夢遊病か?

最近のわたしはどうもかなりの勢いで夢遊っているらしい

彼氏といっしょに寝ていて、彼氏が夜中に目が覚めて、自室でなにかやっていると、すぐに「いなぁ~い、いなぁ~いよぉ~」と彼を家中探しまわるのだそうな。それで、彼の自室で4時間ほど彼と話した後に寝たらしいのだが、その記憶が一切ない。

でも彼曰く、探しまわっているときは、カンペキ夢遊っぽかったけど、見つけて話しているときは、だんだん意識がはっきりしてきたようなかんじで、ふつーに話しているらしい。

 で、も、覚、え、て、い、な、い! こわっっっ!!

そもそも彼がいなくなるなり気付いて目を覚ますというのが、なんとも今年28になろうかという女子のすることではないだろ。赤ん坊や幼児と母親とのあいだの勘の次元でしょ、こりゃ。

だもので、朝になって、その話を聞いたときは、娘といっしょに寝ているときを思い出したよ。
娘はいっしょに寝ていて、わたしが夜中にお手洗いにでも行こうものなら、すぐに気付いて目を覚まして泣いていたからねぇ。
実家でそれやられたときは、ちょーあぶなかった。だって「ママー」って泣きながら、階段へ向かってハイハイして行くんだもん(わたしの実家での部屋は3階)! もう階段五段跳びぐらいでかけのぼって、階段のぎりぎり手前でなんとかだっこしてつかまえたよ。あのときは心臓止まりそうなくらいビビッたなー。

で、またわたしの夢遊話に戻るのだが、またある日、今度はなんでも隣にいる彼氏を踏み越えてまで起きようとしていたらしい。「そこまでするってことは、仕事の夢でもみているのかなー」と彼が思っていたら、わたしはなにがしかをごにょごにょいっている。
それで、彼が「麻里ちゃん、どーしたの?」と軽く尋ねてみたところ、

 「お習字が~、お習字が~」

……といっていたらしい。そして、

 「半紙が~、半紙が~」

……どうやら、お習字をするために半紙を探していた模様だったとのこと。
てか、半紙なんて言葉、ひっさしぶりに聞いたわ。それが自分の口から出たとは。
どーでもいいけど、続けておけばよかったなー、書道。わたしはその書道会のMVPかってくらいに毎月毎回なんらかの賞をいただくのがあたりまえになっていたし、もちろん、全国的にみても昇段も早く、ナンバー3くらいにはいつも入っていたからなぁ。あのまま続けていたら、中学には師範免許をとれていただろうに(実際に教室を開けるのは18歳以上になってからだけれど)。もったいない

それで、話をまた夢遊の件に戻すと、わたしにはまったく記憶がないのだが、いわれてみると、なんとなーくそんなことやったかも……的なことを感覚的に思い出すわけ。でも完全に思い出せるわけではなくて、たとえば、一例目なら、あぁたしかになんかこの話題について、彼の部屋で話していたなぁとか、二例目なら、彼を踏み越えようとしていた感触とかなんだけれど。あくまで感覚的になのね。

このあいだ、友だちの家に泊まりに行ったんだけど、夢遊るのが怖くてさー。あらかじめ、彼から夢遊っても「寝なさい」ってベッドに戻せばおとなしく寝るときいていたので、「万が一のときは、無理やり押し戻してくれ」って頼んでいたのね。
けど、その日は大丈夫だったんだって。不思議~家にいるときは毎日やらかすのに……。

この原因、わたしはむかしハルシオンでめっちゃ記憶を飛ばした経験があるので、そこがアヤシイとにらんでいるの。
でも最近になってはじまったことであって、ハルシオンは、そのまえから飲んでいたからねぇ。だから、夢遊りだしたころに追加になったジプレキサ、あるいはジプレキサとハルシオンの飲み合わせかなーとも思っているんだけれど。

それか、薬の副作用ではなくて、病気の症状かね。(ちょっとまえに医者から「ひとやま超えたね」っていわれたんだけど、まぁそれもあくまでも長い治療プロセスのひとやまめをやっと超えたというだけなんだけど。それに普通のひとが3ヶ月でクリアする治療プロセスを、わたしは倍の半年かかっているしね。でもでも、そんな矢先に、こんなことがあったので……また病状が後戻り、ていうよりこれまでにないくらい悪化してしまったってかんじだったんだよね……)

ちなみに、わたしの毎日の投薬レシピでーす。実物広げたら、まるで年寄りのようよ(笑)

★朝
○ミグシス5㎎○ベタナミン25㎎○イミドール25㎎○メイラックス2㎎○デプロメール25㎎○バレリン100㎎○セルベックス50㎎
★昼
○イミドール25㎎○メイラックス2㎎○デプロメール25㎎○バレリン100㎎○セルベックス50㎎
★夜
○ミグシス5㎎○ベタナミン25㎎○イミドール25㎎○メイラックス2㎎○デプロメール25㎎○バレリン100㎎○セルベックス50㎎○パキシル20㎎○ジプレキサ2.5㎎○テトラミド30㎎
★就寝まえ
○ハルシオン0.25㎎
★頓服(パニック障害の発作の予期不安時)
○ワイパックス1㎎

さすがにこれだけあると飲み忘れが、とっても多いんだよねー。
二週間分をもらってくるんだけれど、10日目くらいになると「あれ? なんでこの薬こんなにあまってるの?」なんてこともざらよ~^^;

しかし夕食後の薬を多くして、あらかじめ眠くしておいて、ハルシオンだけで一気にイクってな処方を受けたのは、いまの病院がはじめてです。うまい処方だよねー。さすが、全国的に有名なパニック障害の治療・研究の総本山だけあるね。

【ちなみにぃ~】
プロフィール更新しました~♪見てね!^^ブログ本文も長けりゃ、プロフィールも長いけど!(爆)

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欧米と日本の出産・育児観の違い

これも、友だちと話していて聞いたことなのですが、軽くカルチャーショックを受けました。欧米と日本の出産・育児観に対する違いです。

■まずは「出産」
○欧米は無痛分娩がスタンダードなんですって。
○一方、日本では無痛分娩ができる病院は限られています

■そして「出産後」
○日本では7日間入院して母体の一定の回復を待ちますが、
○欧米では3日間(!)で病院を追い出される^^;そうです。

■「新生児期~の育児」
新生児は2~3時間おきにおなかをすかせて泣きます
○日本では「ちょっとわたしの6年まえ当時の育児日記見ます!? いま(編集/執筆)よりも、めっちゃ仕事してまっせ?!(笑)」というほど、毎回対応するので、生後3~4ヶ月くらいになって昼夜のリズムが赤ちゃんにできるまで、母親には寸暇もありません。つまり、産後3~4ヶ月は育児の合間を縫って20分うとうと……くらいがいいところなんですよ。(それ以後も、たとえば昼間にでも外出するようになると、赤ちゃんの未熟な脳には外界の刺激が強すぎるため、延々と夜泣きをすることも。)でも産後7日間の入院中には、たとえば寝過ごしたとしても、看護師さんがミルクをあげてくれるので安心です
てか、いま育児日記を見ていたら、本気で「よくこれで死ななかったなぁおれ……」って思うくらい、ものすんごいタイムスケジュールでした。特に、ウチは「母乳・布オムツ・手作り離乳食」育児で、布オムツは紙おむつのように何回分もおしっこを吸収なんてしないから、ちょくちょく変えて、手洗いしてましたからねぇ。
ところで、わたしが“「母乳・布オムツ・手作り離乳食」で育てた”って話しても、誰も信じてくれないのはなんでなのでしょうか?
○欧米では、「夜は赤ちゃんなんて泣かせておけばいいのよ」って主義(!)なんだそうです。日本のように、3~4ヶ月して昼夜のリズムができるのを待つ……なんて考えはなく、夜はいくら泣こうがなにもしないというのが原則とされているとのことでした。

これは医学の発達具合や価値観の違いでしかないので、どちらがいいかわるいかといった問題ではないと思います。
また比べてみてもわかるように、どちらにも一長一短がありますよね。たとえば、欧米ではわずか3日で病院を追い出されるけれど、その後は夜は泣いたまま放っておいてOKなど。

また、これは育児に正解なんてないことを示唆しているといってもいいでしょう。
所謂、密室育児――育児の悩みを誰にも打ち明けられずにいる母親――、わが子をかわいいと思えない母親、母性神話に基づいて“子どもをかわいいと思えないこと”に罪悪感を抱く母親、そして虐待、やがてはわが子を手にかけてしまう……そうなるまえに。「育児に正解なんがない!」。このことを忘れないでほしいと思います。

むかし、わたしたちの世代が生まれたころのお母さん方(ちょうどわたしの母親などもです)は、医者もまわりも本人も「子どもの分まで、母親は食べなきゃ!」という時代で、妊娠中毒症肥満による難産などもざらでした。
また、当時は「赤ちゃんをだっこしてばかりいると、“抱き癖”がついて、だっこしていないと、ひっきりなしに泣くようになるから、あまりだっこしすぎないこと」と考えられていたのが、いまでは「“抱き癖”なんてものは存在しない。赤ちゃんがだっこしてほしいと泣いているときは、いくらでも愛情を込めてだっこしてあげるべき」といわれています。いまの時代、“抱き癖”なんていおうものなら笑われます。
(↑「いまは」とはいっても、わたしが出産した6年まえを基準にしていますので、また変わっているかもですね)

ただ、産後は赤ちゃんばかりにまわりの目が行きがちですが、産後の母親のセルフケアも大事にすべきです。
日本でも、その意識が高く、産後の母親の心身のセルフケアに取り組んでいらっしゃるワークショップやグループレッスンなどを開いている方も、最近ではいらっしゃいます。(取材させていただいたのですが、6年まえにあれば……と悔やんだこと悔やんだこと)

お母さんが自分を大事にして、愛していなければ、子どものことだって、表面的にはかわいがれるかもしれないけれど、本当の意味で大事に愛しんであげることはできるのかな?

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プチ★海外移住体験

横浜にいるblackのnavyと結婚している友人宅へお泊りに行った。

日本にいながら、プチ★海外移住体験をしたかんじ。baseのなかにも連れて行ってもらったのだけれど、たとえばbaseのなかにあるsupermarketも、向こうのまとめ買い文化そのもの。日本でもミネラルウォーターをガロン売りしてほしいわぁ~。(←水分の摂取量が人の5倍といわれております、わたし)

それに、soldierの住宅街(水道・光熱費がタダらしい!)にも連れて行ってもらったのだけれど(baseの出入り時だけかと思ったら、向こうの領地だから、そこですらも出入りにID確認が必要!)、あたりまえといえばあたりまえだけど日本だけど日本じゃない~(笑)。家だって大きいし、一件あたりの敷地も広いし。日本領の高級住宅街なんか比べものにもならないほど優雅な風景だったわァ~。

友人宅も、すんごい広々とした間取りだし、また家具やインテリアを向こうのものにしているから、日本にはない素敵なデザインだったり、ゆったりサイズだったりで素敵すぎ! 海外旅行先のホテルに泊まっているような気分が味わえちゃったよー。

去年の暮れ~今年の年明けに、サンフランシスコに行ったとき(はいはぁ~い、そこで日記削除事件を思い出して笑わないよ~。もう指名しちゃうけど、>よ・し・ひ・ろ・さんっ(笑))、向こうの生活習慣を見ていて、自分らに合う気がして移住したいな~って話していたんだけれど、こうして国内でもプチ★海外移住体験ができるのねん♪ってそういうnavyやsoldierと籍を入れている友だちがいればの話だけど^^;

そういえば、アメリカとオーストラリアを中心とした留学サポート業を営んでいる方を取材したことがあるけれど、アメリカ派とオーストラリア派で、はっきり性格がわかれるそうな。
アメリカ派の方はアクティブで、一方オーストラリア派の方はおっとりさんが多いそうな。しかも留学といいつつ、向こうにお目当ての彼がいたり、行ったら向こうで現地人と結婚しちゃって帰ってこない(笑)人も結構いるそう。
また意外だったのは、20~30代の会社員が中心だろうなというのは予測できたのだけれど、なんと子持ちのバツイチさんが結構な割合でいるそうな。海外の方がシングルマザーが生きていきやすいからね。みんな、すっごいパワフルらしい。

話は戻るけど、baseのなかのsupermarketで、友だちから「これどうだった? おいしかった? どんな味?」なんてな話を聞きながら、いろいろ買いだめちゃったよん。
それは、自宅に宅急便するほど……^^;

今度は横須賀のbaseに遊びに行くつもりで~す♪楽しみっ。

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今シーズンのヘアーカラーは……(パーソナルカラーってなぁに?)

気晴らしも兼ねて、美容室に行ってきました。

私は春夏秋冬髪の色を変えるのですが、今年はどうしようかなーって思っていて。

いままでの傾向からすると、春夏にはピンクブラウン秋冬にはブラウンベースのグリーンアッシュが主だったのですが、も~これもずいぶん長らくのパターンだから飽きはじめてきていて、なんか例年とは違うカラーにしたいなって。

 で、決めました。

 今年の秋冬の麻生は、ボルドー(パープルめ)のブルーアッシュでいきますっ★
 (とーぜんのことだが、もちろんブラウンベースのね(笑)じゃなきゃやばいですから(笑))

実はわたし、ブルーがあまり好きではなく、これまで敬遠していたんですね。
そんなわたしがブルーにチャレンジしてみようと思ったのは、なぜかというと……

 「パーソナルカラー」
 ってみなさんご存知ですか?

一時期カラーアナリストという職業/資格が人気を博していましたが、「人には人それぞれに似合う色がある」、そしてそれを「パーソナルカラー」って言うんですって。

最近カラーアナリストや、それよりも幅広く人を見るイメージコンサルタントの方を何人か取材させていただいて、そのなかに、カラーアナリストの資格を有していて、またイタリアで彫金の勉強なさってこられた、とっても素敵なアクセサリーデザイナーさんに出会ったんですね。

彼女のブランドのアクセサリーは、すべてデザインから制作まで、ご自分おひとりでなさっているので、もちろん大量生産なし。それも顧客ひとりひとりの希望を聞き、コンサルタントしてからなので、すべてが一点モノなんですね。

麻生のことをよくご存知の方はおわかりでしょうが、モロに麻生のめっちゃ好きなパターン♪(笑)

そんな彼女に「パーソナルカラー」まで、きっちり診断していただいたわけではないのですが、「自分の好みにばかり偏ってしまって、おなじようなものばかりを選んでしまうんですよね。たとえば、わたしだったら似合うのは何色だと思われますか?」って聞いたら、意外や意外、ブルーをすすめられたんですね。
子どものころからグリーンが似合うって言われていたし、最近は落ち着いたピンクベージュオレンジパープル、学生時代には黒づくめだったわたしにとって、それは意外な答えでした。

つくづく、人って他人のことはよく目につくけど、自分のこととなると主観になっちゃって、気付かないところがあるんだなって思いました。「たとえ、どんなにほしい、好きだと思っても、自分に似合うもの似合わないものは知りつくしているから、絶対に買わない」主義を豪語していただけに、なおさら。

さて。そりゃ冒険してみなきゃでしょっ(笑)と、いざゆかん、美容室へ。
とはいえ、直前まで「やっぱりやめておこうかな……」なんて思っていたんですが、思い切ってブルーアッシュにしてみましたっ^^結果としては、ウン、冒険はしてみるもんだなってかんじでした(エヘ♪←きもいか?きもいか?そんなにきもいか?んなら、もっときもくしたろか??爆

pic_0022 ヘアースタイルは、もう何年ほぼおなじような髪型しとんねんですが、ロングのオネエ系×ゴージャス系の太めのくるくる巻き毛でっす。ときどきマイナーバージョンアップはしてます。たまに不本意ながらバージョンダウンしてしまったこともありますが、まぁそれはバグってことで……。
会社勤めのころは、基本的に毎朝ホットカーラーで巻き巻きしていたよなー。いまとなっては、まぁよくやってたなぁってかんじだわよ。(巻かなくてもそれなりにOKなんで^^;)

つっても、お目にかかったことはない方には、髪型わかりませんよね^^;思いっきり浴衣時のまとめ髪の写真だからなぁ。そのうち気が向いたら正体アップしますたぶん。

ちなみに、わたし御用達の美容師さんはもう5年くらいお世話になっている方なので、行くまえに、たとえば雑誌の切り抜きをもっていって「こんな髪型っ!」なんてオーダーするのではなく、ほぼなにも決めずにふらっと行って話しながらフィーリングで決めちゃいます

これを読んでくれているあなたは、どっち派かしら?? 決めて行く派? あまり決めずに行く派?

話が前後してしまいましたが、アクセサリー。もちろん手を出してしまったことはいうまでもなく。そして、若かりしころというかつい最近、つかえーっと、とにかく「えっ? アクセサリーやジュエリーって、自分で買うものなの?」ぐらいに生意気をほざいておりましたわたしですが、あの、なんというか、たぶん片手で数えられる回数(何度目か)なんですけど、自分で自分のアクセサリーを買ってしまいました……^^;

でもねー、わたし節約大好きなんですが、ただし使うところにはとことんこだわって使う主義で、さらに使うところはしぼって決められている――です。

そそ、すっごい奇跡的に我慢がよく続いているなぁとわれながら思うんですが、フリーランスになってから(昨年の12月~)一切6ケタ単位のお買い物をしていないのですよ(※自分では)だってだって、こわいんだもんっ、こわいんだもんっ!(いつ収入が入るか入らないかわからないフリーランスの気持ちを吐露してしまった……笑)

いまは法人化していますが、それでもまだまだなので、まだ6ケタ台単位のお買い物は遠くにお逝きになられたままです……とほほ~……orz(←最近、やっとこの絵文字の使いどころがわかってきた笑)

しつもーん♪

あなたの好きな色or似合うといわれる色はなんですか~?!

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ノスタルジーな邦楽たち

基本、ゴリゴリの洋楽メタルながら、ときどきはクラブ系の曲も聴きますなわたし。

最近ノスタルジーな邦楽探索の旅に出ている。
ノスタルジーな邦楽探索――邦楽を聴いていたのは基本的に小学校までだけれど(一部例外もあり)、そのころ好きだった曲、保存状態はカセットテープが主なわけだが、それらを徹底的に引っ張り出して聴きまくっているのである。

バービーボーイズ
BOΦWY

わたしの世代でバービーボーイズとBOΦWYを通っているのは、おませさん、もといヤンキーの証である。

TM NETWORK

こちらもはじめて買ったCDが「SEVEN DAYS WAR」というのが、一般の小学生にはない主張の表れである。

尾崎豊

極めつけである
中学生のときに文化行事実行委員だかなんだかをやっており、校内で合唱コンクールというのがあった。学年共通の課題曲1曲と各クラス任意の自由1曲を披露する会だ。
その自由曲は2年生と3年生のときには、わたしの希望ひとつでクラスのみなさんにご納得いただいた……気がする

2年生:「さよなら」オフコース
3年生:「卒業」尾崎豊

そして3年生のときには、これで見事に学年大賞と学校大賞とをW受賞させていただいたのを覚えている。

ちなみに文化行事実行委員といいつつ、大川内の実行方針は、あくまで体育会系であった――放課後の練習。みんながうだうだとろとろやっていると
「オマエら、さっさ並ばんやぁ~!!!!」
怒号を響かせていたのを記憶している。

こういうのを引っ張り出してみるとおもしろいね。バービーの歌詞をそのまま体現することがオトナの恋と思い込んで実行?していたいたことや、BOΦWYの歌詞って意味不明だよねみたいなこととか。

みなさんのノスタルジーな音楽は何ですか~?(洋邦問わず)

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再婚します。

再婚します。
わたしではありません。わたしの元夫で、一人娘の看護養育権、親権者であるシンイチさんがです。
それにともない、わたしに「娘との絶縁を望む」とシンイチさんは言いました。

わたしたちの離婚は「経済的な問題のため、離婚時点では、看護養育権、親権ともにシンイチさんがとるものの、将来的な看護養育権ならびに親権の譲渡を視野に入れた」協議離婚でした。

娘にはもう三年会わせてもらっていませんでした。
わたしと会うと、娘が「ママがいい」と泣き叫ぶようになったころから、「面会すると情緒不安定になり、その後の生活にも支障をきたす。安定して会えるときになれば、かならず会わせるから、それまで面会交渉を避けてほしい」との先方からの申し出に、わたしが従ったかたち。

その間、コツコツと元姑や娘、元夫に手紙を書いたり、電話をしたりと、“娘が好きなように行き来できる関係の構築”を目指してきました。
先方から返信などがあることはありませんでした。娘の誕生日などのプレゼントも、元夫家のドアノブにかけていく約束でした。扉ひとつ開ければ愛しい娘がいる――ぎりぎりの感情を自制し、何度その場を後にしてきたことか。

昨年末、はじめて元姑から手紙をもらいました。
娘の写真、そして娘が書いてくれたわたし宛の手紙が同封されていました。

娘からのはじめての手紙――
ままっていいね。
わたしきっとままにあえるでしょう。
あえたらやさしくしてね。
みんな、しあわせだね。←かづきがいて

(※かづき……娘の名「華月」)

それに添えて、元姑から
華月の中に、「ママ」はこうしていつもありますから、
あなたも身体に気をつけて頑張ってください。

……それまでの努力が実ったことを感じる出来事でした。

わたしたち夫婦が“離婚”という選択肢を選んだとき、二人で交わした約束がありました。
それは「この先、どちらに親権・監護養育権があろうとも、お互いの悪口めいたことは、絶対に華月に言わない」という約束でした。
これは、決して自分たちの保身などではなく、「自分の親がどういった人間であるか」は、その子自身の人格形成にも大きく関わる問題ですから、そのために、私は華月にパパがどんなに優しくて、華月のことをどんなに深く愛してくれているかを伝えたいという思いがありました。その気持ちは、いまも変わっていません。

それはわたしの生育歴にも関係するものなのだけれど。
わたしは父を絶対的に尊敬しています。それは父自身が何も語らず背中で見せてきてくれた生き方のおかげでもあるけれど。父を尊敬できる自分が育てられたのには、それよりももっと大きな要因があります。

です。
わたしの母は、父がどんなにすごい人物で、どんなにたくさんの人の上に立ち、大きな事業をしているかを、わたしが幼いころから、ずっとずっと繰り返し言い聞かせて育ててくれました。

対して、父は母をあまり大事にしてこなかった。また母もわたしの教育に熱中するあまり、ひとりの女性としての幸せを享受してきませんでした。
それは、わたしに女性の不安定で暗くて不幸な生き方像をインストールさせるに十分なものでした。

両親は熟年離婚をしてしまいましたが、父は「自分が子どもに尊敬されているのは母のおかげでもある」ことを知っているでしょうか。そして、父の起業家精神を見てきたために、すくなからずその影響を受けて、いまのわたしがあることも。

だから、離婚するときに、シンイチさんとは、そういった約束を交わしたのでした。

またわたしが手紙を綴ったり、電話をしたりといったことをしながらも、心に決めていたことがありました。
「たとえ、わたしが希望するように元夫家と娘が気軽に行き来できるような関係を構築することができたとしても、もしシンイチさんが再婚するとなったら、新しい家庭が落ち着くまでは、一時的に自分は身を引くこと」でした。
それは、娘に、わたしと新しいママの両方に気遣いながらといった環境を強いるのは、あまりにも酷だと思ったからです。

感情的なことならいくらでも言えます。

なんのためにいままで……とか、小学校入学をまえに、勝手ながらもうすぐだという実感していた矢先だったのに……とか。

でもそんなことを口にしたり、書いたりすることは、何の意味ももたない

だから、わたしはこう綴るだけでいいと思っています。

『シンイチさん、再婚おめでとう。
あなたは華月にとって最高のパパですから、そんなあなたが選んだ女性なら、きっと華月のいいママになってくれると思っています。
ただご婚約なさったときに、あなたのお母さまが、彼女を(わたしが妊娠したときのように)なじったと聞いています。
どうか妻と娘を守る強さだけは、身につけてください。』


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