SOSを出す
SOSを出すと、泣くのである。
それは自分の異常性と限界を認める、そして向き合うということだから。おそらく、わたしはそれを一番恐れているのだと思う。
今夜、実家の母がきて、明日、わたしは郷里の福岡に連れ帰られる。帰省するのに、わざわざ母にきてもらうのは、わたしが典型的な引きこもりの状態にあって、ひとりでは外出すら困難であるからだ。ネット上にだけ、イキのいい、いつも以上に毒舌口撃を展開するわたしがいる。3つのブログは、それぞれ内容も文体も異なるが、それらを総合して、いまのわたしという人格を形成していると思っている。
医者には、すべての仕事をキャンセルして、入院治療することをすすめられている。T京医大へ紹介状まで書いてもらった。でも行けない。行けないんだよ。行けないから困っているんだ。
SOSを出したのは、たかさんやたまりさん、シュガー・ドラゴン兄貴やダイスケさん、そして唯一人間関係を構築できている元彼のY。たかさんらはミクシィにいる方々なので、どんなSOSを出したかは、詳述を避ける。
Yに出したのは「やばいぜベイビー」というタイトルのメール。本文「このままじゃ、まじもんの引きこもりだよハニー!」。添付したのは、ベッドのなかで撮った自分の目の写真。Yなら、この写真を見れば、一見して状況がわかるはずだと思って撮った写真だ。
電話がかかってきた。出なかった。折り返しもしなかった。
正確に言うと、出られなかった、折り返せなかったというのが正しいだろう。
メールが入る。「大丈夫か?」
返信しようとする。手の震えが止まらない。「治ったふり、正常なふりには限界があったね」と綴ろうとして、泣き崩れる。メールは送信できない。
パートナーのS。さんざん迷惑をかけた。
Sが締め切り地獄に追われているというのに、何度もパニックを起こした。裸足のまま、家を飛び出し、線路に転がって、警察に保護される。首を切り裂くナイフを力づくで取り上げるS。
Sはよく耐えてくれた。頑張ってくれた。しかし、このままじゃ共倒れになっちまう。(nobyさん、Sの原稿遅れは、このように、わたしのせいです。すみません。)
深夜、静かな部屋で、走り書きをする。記録するのは、自分に記憶障害があることを知っているからだ。「自分の考えが変わらないうちに、ここに書いておきます。クスリなんて飲んでいると、“自分は正常だ”と思い込んでしまうのかもしれない。わたしは病気です。こうしてあなたの寝顔を見ていると、いまはその異常性がよくわかる。帰省します。」Sは安堵しただろうか。
たかさんやSに依存的に電話をかけまくっていたころがある。いまどこでどうしているのかわからない当時の彼氏は、こう叫んだ。「君は甘えていたけど、彼らは君の理解者ですか?」
彼は、わたしが仕事でお世話になっている男性に電話しているらしいことは知っていた。しかし、それ以上のことは、彼には知りえなかった。彼も実態のわからないものへの恐怖に怯えていたのだろう。いまならわかる。
いい子でいなければ愛してもらえない恐怖に、わたしはまだとらわれているのだろうか。
生まれてきて、ごめんなさい。
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